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伊402とみられる潜水艦 [戦争の記憶]

                   by ぼくあずさ

伊402とみられる潜水艦、日本テレビが五島列島沖で発見

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東芝の悲劇 [戦争の記憶]

                                                                     byぼくあずさ

7時起床、室温15℃、金沢区晴れ10℃。昨日の久しぶりの野島公園での花見で
疲れたので、よく眠れました。麻雀(スズメ)の囀りを聞きながら最初の1000歩を
始めます。

中国ではこの時期は「清明节(Qīng míng jié)清明節」と呼ばれ三連休。
雑誌の名前は「日本真惠玩(Rì běn zhēn huì wán)」と名付けられたフリーペーパー。
少し硬い表現ですが「本当に有益に遊べる日本」という感じです。

東芝はなぜGEになれなかったのか
http://japanese.joins.com/article/670/227670.html?servcode=300&sectcode=300
 

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「大東亜戦争」を評価する記念碑を建てた台湾。 [戦争の記憶]

                                                                     by ぼくあずさ

反日の韓国が亡びれば東南アジアに「大東亜戦争」再評価の声が上がる可能性がある。
是にはバブル経済の中国の経済崩壊が前提になる。


沖縄に「大東亜戦争」を評価する記念碑を建てた台湾。台湾政策が劇的に変わる【評論家・江崎道朗】
http://www.msn.com/ja-jp/news/world/%e6%b2%96%e7%b8%84%e3%81%ab%e3%80%8c%
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リチュム電池 [戦争の記憶]

                                                   by ぼくあずさ


リチウムイオン二次電池市場、2020年は5.5倍に膨らむ
http://japanese.donga.com/Home/3/all/27/832798/1

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米軍部隊、日本本土初攻撃隊員たち、それぞれの運命 [戦争の記憶]

                           by ぼくあずさ

縁故疎開先の西多摩郡増戸村伊奈の母の生家の庭から阿伎留野の
上空で帝都爆撃に向かうB29の編隊に体当たり攻撃する我が戦闘機
が首尾良く墜落させた敵機からパラシュートで落ちて来た。白煙を引き
ながら逃走するのもいた。

捕えられた敵兵の運命は当時想像通り極めて過酷なものでした。


米軍部隊、日本本土初攻撃の記憶<5> 隊員たち、それぞれの運命
http://www.cnn.co.jp/fringe/35092764.html?tag=top;subStory

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特攻機の捨身の体当たり攻撃 [戦争の記憶]

                                                   by ぼくあずさ

終戦直前、帝都爆撃にむかう米空軍B29の編隊が阿伎留野原の上空
で迎え撃つ大日本帝国空軍の特攻機が体当たり攻撃する姿を目撃
しました。首尾よくB29の大きな主翼が胴体からもげゆっくりと弧を描き
墜落する時は歓声を上げました。むなしい最後の抵抗でした。


【重爆特攻隊「菊水隊」の真実】落下傘・救命胴衣脱ぎ捨てて…護衛なき特攻、被弾した僚機の軍曹は手を振っていた

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櫻井よしこ:米国「根絶の政策」からいかに決別するか? [戦争の記憶]

                                                   by ぼくあずさ

自衛隊の最新兵器早期導入と日頃の訓練が大切。


米国「根絶の政策」からいかに決別するか? 中国との力の差は
拡大するばかり
http://www.sankei.com/premium/news/161205/prm1612050007-n1.html

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国産ステルス戦闘機心神X-2 [戦争の記憶]

                                                   by ぼくあずさ

太平洋戦争の末期の米空軍爆撃機B29に大帝国空軍の戦闘機は
体当たり攻撃で対抗する惨めな戦でした。

中国軍の執拗な威嚇と開戦唆しを断固対抗、沖縄・九州侵攻を防ぐ為
に国産ステルス戦闘機F3の完成が待たれます。


国産ステルス戦闘機が飛行試験 引き渡し後初めて
http://www.sankei.com/politics/photos/161129/plt1611290023-p1.html
【国産ステルス戦闘機 まとめ読み】
引き渡し後初めての飛行試験 「軍事情勢」野口裕之記者のリポート
などから開発の足跡を振り返る
http://www.sankei.com/politics/news/161130/plt1611300018-n1.html

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ソロモン諸島フロリダ島 [戦争の記憶]

                                                   by ぼくあずさ

ラバウルのあるパラオに中国の魔の手が伸びているそうです。
旧帝国海・空軍の大基地を習近平が進める西太平洋支配の拠点に
する計画です!!!  一日も早く中国がハードランディングして軍拡を
諦める日が来ることを願っています。



南洋、激戦の証人 ソロモン諸島フロリダ島
http://news.asahi.com/c/ahkTaY8tfwttvXa9
ラバウル小唄
https://www.youtube.com/watch?v=-vAC0tt6kjc
パラオ国旗と日本勇士 - YouTube
ウリナラの建築技術は世界一(パラオ編) - YouTube






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南昌「渡洋爆撃」 [戦争の記憶]

                                                   by ぼくあずさ

1972年秋、日中国交回復直前、文化大革命中の上海にFD・中国
技術交流団の一員として出張した。その帰国はベンチシートの小型
双発機(軍用機)で先ず南昌へ飛んだ。此処は支那事変当時の昭和
11年(AC1936)に「渡洋爆撃」した飛行場でした。
私が生まれる3年前の出来事でしたが、南昌の地名は直ぐ思い浮かび
ました。


渡洋爆撃・・・日中戦争(支那事変)と陸攻・・・
http://ktymtskz.my.coocan.jp/J/JP/attack4.htm

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日本海海戦後百年 [戦争の記憶]

                           by ぼくあずさ

対馬が幕末に半年間もロシア軍に占領されていたことを初めて
知りました。


聯合艦隊は何故ロシアに勝てたのか。
http://ironna.jp/theme/274

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神風特攻隊はテロリストではない! [戦争の記憶]

                           by ぼくあずさ

信州の山荘で避暑生活中の会社時代の先輩から今年も「種なし巨峰」
が届いた。元気な頃の私は渋沢駅で巨峰を買い込み、バス停から
2時間程林道を歩いた処にある水無川源流と丹沢山塊の崖を見渡せる
崖上の水場で冷やして食べたものです。

モコちゃんの仲良しのシベリアンハスキー犬のチョビ君が軽井沢で
の避暑から久しぶりに戻り、朝晩の散歩が愉しくなります。

サンマリノ共和国のカデロ大使はこう断じた…「カミカゼはテロリスト
ではない」「日本人のユニークさの根源は神道だ」
http://www.sankei.com/premium/news/160909/prm1609090007-n1.html

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原節子 朝満国境で機関銃を撃つ  [戦争の記憶]

                                                   by ぼくあずさ

終戦の年に縁故疎開先の西多摩郡増戸村国民学校に入学した私、
戦中派です。原節子のブロマイドが自宅にあった気がする。
甲種合格の父は母と結婚する前、朝満国境に近い軍都羅南で兵役に
就いていました。羅南時代の兵舎内の父の写真は多数残っています
が朝鮮人の生活を知る写真は皆無です。母から伝え聞いている羅南
の冬は極寒の地で、結氷した豆満江を戦車が走行していたそうです。

原節子が戦後も銀幕で活躍したことを知りませんでした。
”無駄な事は棄てる”子供のころからの信条と無関係ではありません。


原節子 朝満国境で機関銃を撃つ
http://ironna.jp/article/2421
原節子の代表作ベスト10
                                                                          

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第二次世界大戦 [戦争の記憶]

                                                   by ぼくあずさ

ガクアジサイ
















早朝4時にホトトギスの鳴き声で目覚め。庭のガクアジサイが咲き
始めました。

[速報]6月3日9時、函館の山中に両親に放置された男の子が6日
ぶりに4㌔離れた自衛隊演習地の建物内で無事発見されました。
函館病院にヘリで搬送され、元気を回復したそうです。☆パチパチ☆

終戦の玉音放送を縁故疎開先の都下西多摩郡増戸村の母の生家の
庭に集まった近所の人たちに混ざって聴きました。その年の四月に
国民学校に入学していました。帝都東京を空襲する為に上空を飛ぶ
B29の大編隊の連続した轟音、東の阿伎留野の空で急降下体当たり
する我が戦闘機の特別攻撃、私が生まれ育った田端の実家も
3月10日の東京大空襲で焼失しました。

甲種合格で3度も戦場に送られた父は家業の材木屋を焼け跡に
再開途上、無理が祟り41歳で病死。(March.1947)父の武市
(日本一の材木商)時代の仲間たち(福島・栃木の製材所の跡取り
息子)や母の生家から材木が続々と送られ、大変繁盛しました。

朝夕進駐軍の戦車が隊列を組んで明治道りを威嚇しながら走り、
上野恩賜公園は戦災浮浪者で溢れている時代でした。

ぼくあずさのコメント:

(1)次男坊の私は迷うことなく早稲田の理工を受験しました。
     機械科を選んだのは惨めな戦争体験で日米の機械技術力差を
     知り、仕返しをしたいとの思いが動機です。
(2)東海村に英国コールダーホール型原子力発電所を第一原子力
     Gr.に属し原子炉本体を製造中のFDに入社、2ヶ月間の工場
     実習終了後の面接で原子力要員として入社の私でしたが蒸気
     タービン設計を希望しました。

     同期入社のYさんも加わり、蒸気タービン設計の熱計算Gr.は
     係長(京大機械)、係員4名(東大機械3名と早大機械の私)
    頭の良い
人たちに囲まれた毎日は大学でも同様、とても愉しい
     ものでした。その後の長いSiemensやドイツとの付き合いに繋が
    る会社生活の幸運なスタートでした。

日本が戦争に突き進んだ本当の理由
http://www.prideandhistory.jp/nikoumj/contents/000war_ycd.php?utm_source=ycd&utm_medium=yahoojp-afpbbcom


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インテリボヘミアン氏 [戦争の記憶]

                                                   by ぼくあずさ

2年前100日間を磯子脳血管治療センターでリハビリ生活をした私、
朝鮮部落で育った人、足立のバタヤ部落出身のインテリボヘミアン氏
とお喋りする貴重な体験をした。今頃彼等はどうしているだろうか、ふと
脳裏に浮かぶことがある。

人は両親や祖国を選べない。これが悲しみの始まりになる。当人の
責任ではない。宿命と呼ばれるもの。


[ルポ]朝鮮人のルーツを持つ日本人の自分探しの旅(1)
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/22245.html
[ルポ]朝鮮人のルーツを持つ日本人の自分探しの旅(2)
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/22246.html


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戦後初めて日本上空を飛ぶゼロ戦 [戦争の記憶]

                                                   by ぼくあずさ

国の為大空に散った多くの英霊に合掌!


飛行するゼロ戦(動画)
http://www.sankei.com/west/news/160127/wst1601270114-n1.html
http://www.sankei.com/premium/news/160128/prm1601280008-n1.html

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靖国神社と知覧 [戦争の記憶]

                                                   by ぼくあずさ

私は知覧を訪ねたいと願いながら、未だ機会がない。


安倍首相夫人、8月に続いて再び靖国に参拝
http://japanese.joins.com/article/133/210133.html

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タシケントの日本人捕虜 [戦争の記憶]

                                                   by ぼくあずさ

ボヘミアンに憬れた学生時代から旅とスキーは今や愉しい想い出に
蘇る。netで記事を読み、気に入れば動画を探す。今朝も食事前の
日課2000歩を済ます。学友から福井の旅のメールが届いた。足が
不自由出なければ直ぐにでも訪ねたいものだ。越前カニも魅力だ。
現役時代に客先の接待で越前岬の料理屋旅館に泊まった。


古美術鑑定家 中島誠之助 恥ずべき仕事はしない『日本兵捕虜は
シルクロードにオペラハウスを建てた』嶌信彦著
http://www.sankei.com/life/news/151226/lif1512260013-n1.html
奇跡の劇場
http://int.search.tb.ask.com/search/video.jhtml?searchfor=%E3%82%BF%E3%82%B7%E3%82%B1%E3%83%B3%E3%83%88%E3%80%80%E3%82%AA%E3%83%9A%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9&p2=^BBQ^xdm328^LAJAJP^jp&n=781bfdf9&ss=sub&st=hp&ptb=C105E982-08E3-42D5-B12D-3F12082EB21E&si=CLiLgsDBp8gCFQoIvAodZP8FHg&tpr=sbt

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日本の銭湯 [戦争の記憶]

                                                  by ぼくあずさ

終戦直後1回だけ町の銭湯に入ったことがある。温泉の共同風呂や
露天ふろは抵抗なく入れるのに。

老人に月3回まで1回200円では、老人銭湯になってしまいそうです。
今まで一番印象に残っているのは尾瀬へ行く途中にある木賊温泉の
岩をくり貫いた露天ふろ。バス停から随分と歩きました。


日本情緒あふれる「銭湯」、外国人にも気軽に利用してもらいたい
―「銭湯指差し案内マニュアル」、多言語にも対応―活性化へ
アノ手コノ手
http://www.recordchina.co.jp/a125484.html
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郷に入れば郷に従え?@ミャンマー [戦争の記憶]

                           by ぼくあずさ

無賃乗車でしょうか?
終戦直後、東京駅発の汽車に乗って焼津まで6時間半の長旅、
乗車は窓から車室に押し込まれました。夏休みに藤枝の大手にある
伯母宅へ遊びに出掛けた折のことです。静岡は豊かな土地でした。


ミャンマー、命知らずな列車の乗り方
http://videoclip.club/post-2979/

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中国軍縮大使の日本批判  [戦争の記憶]

                                                       by ぼくあずさ

Record Chinaより

国連の中国軍縮大使の日本批判が思わぬ展開に=「自らの歴史に
向き合う勇気のない国は…」に、中国ネットから「自分たちは
どうなんだ」と皮肉の嵐
http://www.recordchina.co.jp/a122573.html

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日本の一番長い日 [戦争の記憶]

                                                        by ぼくあずさ



“終戦の葛藤”に迫る「日本のいちばん長い日」 政界・軍部重鎮が
一堂に会した「座談会」秘話http://www.sankei.com/west/news/150806/wst1508060004-n3.html
特攻出撃30分前「次は俺の番」 死を覚悟 元隊員が語る平和の尊さhttp://www.sankei.com/west/news/150612/wst1506120022-n1.html


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憲法改正に反対は世界中で中韓と日本人。 [戦争の記憶]

                                                        by ぼくあずさ

昨日の夕飯は岩手産のサンマの炭焼きと初物のミカンでした。最近は
子供のころに馴染んだ食べ物が好きなようです。例外は納豆と生卵。
具の沢山入った味噌汁の味を忘れてしまいました。

昨夜は風音が続きました。雨も降っていたようです。6時5分、薬王寺の
鐘の音で起きる。小雨なのに聴こえるのは南からの風のせいだろう。

Record China の記事を紹介します。
戦後70年間、平和を享受してきた日本が、世界平和維持にカネ拠出の
外に海外派兵も分担することになる。世界到る所紛争が絶えず、また
今頃になって海外領土侵略を国是とする中国の出現を考えると止むなし
の事。だが、頼まれても朝鮮半島に自衛隊を送ることは拒絶すべし。


世界の大半が日本の憲法改正に賛成、中国テレビは「世界中が非難」
と報道=「もううそには慣れた」「中国はますます孤立している」
―中国ネット
http://www.recordchina.co.jp/a119595.html


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奥日光湯元南間ホテル [戦争の記憶]

                                                        by ぼくあずさ

日光湯元南間ホテル@益子









昭和29年、中国3年の日光修学旅行の際に奥日光湯元温泉にある南間ホテルに宿泊した。私の部屋は左側の出張りの2階でした。この旅館に皇太子様が疎開されていたと聞きました。今思うと私が縁故疎開先の叔父の家の庭で聞いた玉音放送を今上天皇は此処で聞かれたのです。三方向山に囲まれた地形は敵米艦載機の攻撃に安全でした。

其の後、家族で想い出の南間ホテルに泊まりました。


(皇室トリビア)天皇陛下の疎開先をたどる 栃木・益子
http://www.asahi.com/articles/ASH9P36LKH9PUTIL001.html

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東京初空襲 [戦争の記憶]

                                                       by ぼくあずさ

当日、昭和17年4月17日のことです。父は今の北朝鮮軍都羅南で兵役
に就いており、東京田端にある家業の材木屋は統制で店を閉めていま
したが留守を守っていた母と私とすぐ下の妹のYちゃんは自宅の防空壕
の中にいました。壕内は水が溜まりスノコが敷いてありました。
昼ごろに大きな爆発音がしたので壕から外へ飛び出た処、裏の小学校
の校舎すれすれに飛び去る戦闘機を見ました。

Wikipediaで調べるとB25による東京初空襲でした。後で聞いた話では
近くの赤レンガ(東京初の変電所)と熊の前の旭電化に爆弾が落とされ
たそうです。

この事件後に末の妹Eちゃんを身ごもっていた母はYちゃんと私をつれて
西多摩郡増戸村にある生家の屋敷内の倉庫を改装した2階屋に引っ越
しました。2年ほど前から疎開していた兄と姉に再開しました。二人は
増戸国民学校に通っていました。

3月10日の東京大空襲で私が生まれた東京田端の家は焼けました。
夜中になっても阿伎留野の原の先が音もなく燃えてました。恐ろしい
光景でした。天皇陛下の玉音放送は庭に集った大勢の人に交じって
聴きました。戦争に負けたことを知りました。その日を境に空を覆うよう
なB29の大編隊は飛ばなくなりました。その年の6月、栗の花が濡れた
地面に落ちる頃、突然父が復員してきました。持病の胃潰瘍が悪化した
為でした。甲種合格の父は3回目の兵役でした。末の妹Eちゃんが
誕生、だが父との楽しい日々は長くは続きませんでした。

材木屋を再開し焼け野原の田端に建てたバラックで昭和22年3月に
他界しました。子煩悩な優しい父、母と子供5人を残しての無念の死で
した。朝夕、明冶通りを進駐軍の戦車が隊列を組んで示威行進してい
ました。 私は滝四小3年に転入しました。校舎も戦災で焼失していた
ので焼け残った田端中学で間借りでした。

商売は繁忙を極めました。材木は母の生家から代燃トラックや父が
勤めていた武市(日本一の材木問屋)時代の同僚(製材工場の長男)
たちの栃木や福島から汽車で田端駅へ、そこから馬車で搬入される
やすぐに売れて行きました。戦前からのお客の棟領方も呼ばれました。
すべて亡くなった父が意図した通りに上手く行きました。

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ハワイ沖、大日本帝国海軍潜水艦「伊400」 [戦争の記憶]

                            by ぼくあずさ

伊400













潜水艦「伊400」,CNNより転載。


最後まで戦い力尽きて米国に敗れた旧日本海軍の潜水艦「伊400」多くの英霊と共に
ハワイ沖での調査が続いている。


ハワイ海底の旧日本軍潜水艦 水上機の格納筒を発見
http://www.cnn.co.jp/fringe/35064060.html


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日米共同声明 [戦争の記憶]

                            by ぼくあずさ

安倍首相@ワシントン
















安倍首相とオバマ、日米両首脳のカンパイ、写真は産経より転載。

韓国政府の各種妨害とテロの危険があったが日米両主脳の会談と
米側の歓迎のセレモニーを無事終えた。日本ではなく韓国がヒステリッ
クに「反日」の悪意をむき出しにして主要各紙が報じるという可笑しな
現象が見られた。


ぼくあずさのコメント;

(1)韓国紙には”韓国の黄金時代の終焉””高望は止めよう”との
   主旨のコラムもみられた。
(2)ここらで韓国ブームを終え、韓国は見の程を自ら確かめたがよい。
(3)朝鮮半島有事の際はその時の事情によっては邦人救済の為に
   自衛隊出動はあり得る。
(4)中国軍が半島に侵入しても、陸自は韓国軍支援や米軍の後方
   支援することはない。何を怯えているのか?
(5)恩を忘れ仇で返す韓国人を二度と助けない。
(6)不法占拠している竹島を即刻日本に返えせ!!
(7)核兵器使用は「壊滅的で非人道的」 日米共同声明発表。
    友人Dr.Mikeが広島を訪ねたのも米国の新しい動きに関係?


安倍首相のジョークにホワイトハウスは大爆笑 その内容は… 公式夕食会
http://www.asahi.com/articles/ASH4Y0J1KH4XUTFK01R.html?ref=nmail
安倍首相が訪米 ホワイトハウスで夕食会、議会演説も
http://www.cnn.co.jp/world/35063860.html?tag=top;topStories
米首脳会談、安保・AIIBで中国けん制 TPP妥結へ連携確認
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0NJ24F20150429
安倍首相、ホロコースト博物館で「日本のシンドラー」の善行だけ強調
http://japanese.joins.com/article/705/199705.html
「チャイナ・インパクト」で韓国経済は危険水域へ それでも「慰安婦」「領土」広報予算は聖域?http://www.sankei.com/west/news/141106/wst1411060001-n1.html

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天皇皇后両殿下パラオへ慰霊の旅、その後 [戦争の記憶]

                                                       by ぼくあずさ

東宮御成婚記念切手東宮御成婚記念切手。関東大震
災発生で発行中止されたが、パラオで焼失を免れた。
産経より転載。











no-title遥か南洋の戦場で亡くなられた多くの日本人将兵の御遺骨が一日でも早く母国日本へ御帰還されることお祈り申し上げます。  
御英霊の安らかな御冥福を念じて黙祷いたします。

ぼくあずさ










ぼくあずさのコメント:

(1)戦後70年を迎える2015,中国の海と空からの武力侵略の挑発と
     中韓軍事同盟による韓国の「反日」運動が激しさを増しています。
(2)中韓軍の日本侵略を完全防御する最新兵器の開発導入と自衛隊
     の日頃の訓練が求められる。


「戦友にも陛下のお声が届くはず」 生還者、遺族、パラオ国民…
晩餐会でのお言葉に深い感銘
http://www.sankei.com/life/news/150408/lif1504080039-n1.html
天皇皇后両殿下パラオへ慰霊の旅 [戦争の記憶]
http://dorflueren.blog.so-net.ne.jp/2015-03-30-1
関東大震災で発行中止の幻の「紀念切手」、一部がパラオに送られ焼失免れる 90年前から続く皇室との縁
http://www.sankei.com/life/photos/150409/lif1504090002-p1.html
【両陛下パラオご訪問】ペリリュー島で慰霊碑にご供花 生還者の元日本兵らともご面会
http://www.sankei.com/life/photos/150409/lif1504090021-p1.html
軍歌メドレー名も亡き兵士達の唄
https://www.youtube.com/watch?v=HDxGI0cTMZc
軍歌 同期の桜 鶴田浩二
https://www.youtube.com/watch?v=-QPTvbIdASY
世界が語る神風特別攻撃隊―カミカゼはなぜ世界で尊敬されるのか
https://www.youtube.com/watch?v=buELxe1Wwa4


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