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太平天国の乱 [明治維新胎動の地、萩]

                        by ぼくあずさ

6時起床 晴れ、スズメの囀り、東京2.4℃、金沢区5.0℃、室内10,0℃。

掲題について学友村尾さんが過去に度々投稿しています。
北京で過ごした幼年時代に目撃した清朝末期の混乱が鮮明に浮かび上がります。
小説家でもある彼の次期作品のテーマにして欲しいものです。

http://dorflueren.blog.so-net.ne.jp/2010-11-23-1

http://dorflueren.blog.so-net.ne.jp/2010-09-28-3

http://dorflueren.blog.so-net.ne.jp/2015-02-06-3
http://dorflueren.blog.so-net.ne.jp/2017-03-14-5






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最後の指導者 習近平 [明治維新胎動の地、萩]

                                                    by ぼくあずさ

想像以上に”反習近平”の機運が広まっていると思われる。
共産党独裁が倒れた暁には記者と編集者は英雄になり民主体制下で
政治指導者のなる可能性が大きい。


中国国営通信、習近平氏を「最後の指導者」と配信ミス? 
「反発の表れ」故意との見方も
http://www.sankei.com/world/news/160315/wor1603150005-n1.html

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日本の底力・水循環変動観測衛星「しずく」の紹介(産経、2012/8/6) [明治維新胎動の地、萩]

                                By N.Hori


JAXAは5月18日、水循環変動観測衛星「しずく」を打ち上げた。
「しずく」の知名度は高くないが、地球を南北方向に回る「しずく」は、本格運用前の試験観測で北極海の氷の減少や九州北部などを襲った豪雨の様子などを捉えることに成功している。

知名度は低いが、「しずく」の能力は画期的だ。地表や海面、大気などから自然に放射される微弱なマイクロ波を地上700キロの高度で受信して、あらゆる「水情報」を解読する。
地球から宇宙空間に逃げる熱線を大気層に閉じ込める気体の総称が温室効果ガスであり、二酸化炭素やメタン、一酸化二窒素、フロンなどが京都議定書での削減対象となっているが、ここに挙げた気体には最大の5割を担うガスが入っていない。それは「水蒸気」である。

土壌の水分量は農業に重要だし、海水温は気象予測や漁業にも有用だ。洪水や干ばつも観測できる。水蒸気や降水、積雪、雲量などを通じて、地球の水循環の全体像の把握を可能にしてくれる。2日で全地表を昼夜1回づつ観測できる効率の高さも大きな強みだ。地球温暖化の実態解明や予測のためにも、水蒸気の挙動を全球規模で観測できる意義は大きい。

地球は「水の惑星」だが、大部分は海水で、淡水は2.5%しか存在しない。しかも淡水の70%は南極などの氷であり、残りの約30%は地下水なのだ。川や湖の淡水は地球全体の水の0.01%に過ぎない。
人類が利用可能な水は、思いのほか少ない。あと40年ほどで世界の人口は20億人増えて90億人に達する見通しだ。その結果、今世紀は水資源が国際問題で重要な位置を占める「水の時代」になると予測されている。
気候変動から食糧生産にまで関わる地球の水循環を「しずく」は宇宙から見つめるのだ。

それにしても暑い。どうしてこんなに暑いのか。地球規模の温暖化と都市域のヒートアイランド現象の競合的な重なりが原因として浮かぶ。ヒートアイランドは緑地の減少や排熱の増加が原因だ。地球温暖化の方は、二酸化炭素に代表される温室効果ガスの排出増加によってもたらされているとされている。
人間の体重も約60%が水だ。5%を失えば脱水状態に陥る。
                              完


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「健康戦争に打ち勝とう」(産経・2012/7/22)コラム記事の紹介 [明治維新胎動の地、萩]

                  By N.Hori 


低カロリーの和食に守られて日本人は健康長寿、という常識がいつの間にか通用しなくなっているらしい。まずは日米健康比較。新渡戸文化短大の中原英臣学長によると、1970年代から国民の健康増進プロジェクトに取り組んだ日米の成果にこの40年余の間に大差がついている。


例えば、心筋梗塞死。「ヘルシーピープル」運動に取り組んだ米国では35%減らせたが、日本は逆に1.6倍に増えた。ガン死にいたっては、米国は94年から減少傾向に転じたが、日本では3倍に増えたという。その理由を、中原学長は「日本人はどんどん不健康になっているから」と言い切る。

日本男性の肥満率は97年に24%だったが、06年で29%に悪化した。太った一因は運動不足で、成人男子の1日の平均歩数は、この間8202歩から7532歩に減った。
食生活にも問題がある。日本人の平均野菜摂取量は97年の292グラムから06年に267グラムに減った。この間に米国人は野菜摂取に努め、10年に350グラムを突破した。
日本人の運動量、野菜摂取量では、生活習慣病を克服できないのも無理からぬところである。

厚労省が今年初めて公表した「健康寿命」(介護や日常生活に支障が出ない健康を続けられる寿命)は、10年で男性70.42歳、女性でも73.62歳だという。日本は世界一の長寿国というのが私たちの常識であり、誇りでもあった。実際、10年の平均寿命は、男性79.64歳、女性86.39歳である。人生80年時代、女性にいたっては90歳時代も夢でないと思ってきたが、実際に元氣に過ごせる時間はずっと少ない(男性で9.22年、女性では12.77年が不健康期間)と言うことになる。


この健康寿命、単に寿命を延ばすだけでなく、生活の質を重視した健康政策を取るために、世界保健機構(WHO)が2000年に提唱した。しかし、厚労省は冷淡で、ようやく今年になって初めて算出した。13年から始まる第2次健康つくり計画「健康21」で、健康寿命の延び幅が平均寿命の伸び幅を上回る目標設定のために行ったものだが、社会保障費の抑制に真剣に取り組まざるを得なくなったという認識の表れでもあるだろう。
国として、不健康期間の短縮に取り組むのは当然で、対策が遅すぎたぐらいだろう。

米国のヘルシーピープル・フィットネス運動の始まりを経験したフォーク歌手・高石ともや氏は、自らも走り、「一生懸命走っていると、どうしてそんな苦しい顔で走るんだ。楽しく走らないと意味がない、と言われて価値観が変わった気がした」と言う。
米国がヘルシーピープル運動に成功した秘密がわかる気がする。国を挙げて、楽しく運動するムードづくりに成功したのだろう。泥沼化したベトナム戦費を捻出のために国民医療費を削減する目的を持った明確な国策として行われたのである。今、日本の社会保障費の急増は

戦争と同等か、それ以上の国難だと思う。これに打ち勝たなければ、少子高齢化社会の明るい将来はない。我々の年代は、男性の健康寿命を少し
超えましたが、そんな認識を共有して、1人ひとり、食事と運動に注意し、健康寿命を延ばす必要があるのではないか。
                                   完
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我が家の野菜採り [明治維新胎動の地、萩]

                               By N.Hori


ゴーヤ棚.JPG
















我が家は、庭の芝生を潰した5,6坪の畑で、庭作業を健康のために汗をかく運動だと思って、野菜を作っています(箱庭農業だと思います)。幸い、日当たりが良く、ここ2、3年、ヒマにまかせて、元駐車場だった固い土を掘り返し、EM堆肥(有効微生物で発酵させる堆肥)、腐葉土、三要素(カリ、リン、チッソ)の化成肥料(粒状、液状)を混ぜ、苦土石灰や微量成分(鉄、マグネシウム、カルシウムなど)を含む培養土も補充する土つくりをやっており、こまめに水やり、野草抜きや支柱作りもやっておりますので、毎日、少しづつですが、収穫があり、時々、孫が来ますが、老夫婦だけの野菜主体の食事に役だっています。

水は、屋根に降った雨を2本のドラム缶(200L)に貯めたものだけを使っています。ドラム缶の設置費用は川口市が一部補助してくれました。


野菜は自家消費ですので、農薬は使わず、防虫網もしないで、虫をピンセットで取るだけですので、葉菜は虫食いの穴だらけです。家内は、我が庭に2,3種の蝶が乱舞するのは、青虫を飼っているようだと冷やかします。


ゴーヤのネットを張った緑のカーテンは上の方がまだマバラですが、昨日、今年初めて20cm以上になった「ゴーヤ」を採り、夕食は「チャンプル」でした。しばらくすると、当分は「ゴーヤチャンプル」や「てんぷら」、「いためもの」などが続きそうです。


春先には、「シュンギク」や「コマツナ」で、先月まで、大きく育った「ビタミン菜」でしばらく毎日「ゴマ和え」ばかり食べていました。今後は「モロヘイヤの葉」、「ナス」が、味噌汁、スープに続きそうです。その後、EM堆肥に種こぼれした「カボチャ」が採れそうです。
「ミニトマト」、「キュウリ」は毎朝のサラダで食べています。その後、「オクラ」や「スナップエンドウ」が採れそうです。

新鮮な野菜を毎日、少しづつでも庭で採れるのは、活性酸素を中和する野菜由来の抗酸化物質(ファイトケミカル)や植物繊維が豊富な野菜を最初に食べれば、糖質の吸収が遅れ、
肥満防止になるバランスの良い食事を摂れますし、朝晩に汗をかく運動になるので、楽しく、有難いことです。


今、収穫を楽しみにしているのは、海外に駐在している娘が、父の日のプレゼントに国内業者に手配し、贈ってくれた「サツマイモ」の栽培セットです。私は戦後の食糧不足時代に、「サツマイモは命の恩人」と感謝していたこと、を娘が覚えていたことが嬉しかったです。
                                   完

サツマイモ栽培セット.JPGスナップエンドウ、オクラ.JPGダイコン、ニンジン.JPG




ハーブのプランター.JPGミニトマト・ゴーヤ棚、キクイモ.JPG
写真の上にカーソルを載せるとタグが表示されます。
クリックで拡大します。


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マンガになった釈迦とキリスト」(渡部昇一著、倫風2011/12)の紹介 2/2 [明治維新胎動の地、萩]

                  By N.Hori


一神教の国の若者たちが、こういうマンガを争って読み、かつ楽しんでいるのはどういうことなのだろう。一神教の「神」を相対化していると言ってよいのではないか。

ひたすらあがめられるべき対象を、相対化したのは江戸時代の石門心学(石田梅岩が祖)の人たちである。人の心を宝玉のようなものだとイメージしてそれを磨くのが修養であると考え、た。そして心を磨くための手段、つまり磨き砂としては、神道の教えでも、仏教の教えでも、儒教の教えでも、何でもよいとしたのである。つまり宗教・宗派を相対化して、すべて「心」という宝玉を磨く材料としたのであった。


この日本独特の思想を明治維新後に日本で開花させたのが、講談社の創立者・野間清治であった。最も講談社らしいのが「修養全集」12巻である。この中には乃木大将も、マホメッドも、キリスト教徒も儒学者も出てくる。その第1巻の折り込みに、釈迦とキリストと孔子が静かに語り合っている絵が出ている。しかもこの三者の表情が実にすばらしくよい。私は「日本独自の哲学があるか」と言われたら、この絵を出したらよいと思っている。私の知る限り、この絵を描けるような哲学は日本にしかない。

さらに野間清治はこの精神を彼の出版するすべての本や雑誌の中に示した。戦前刊行された国民雑誌「キング」には、神道や仏教の偉い人のほかに、キリスト教の宣教師もよく登場していた。キリスト教と全く関係ないところで育った私もそのおかげで賀川豊彦や山室軍平やヘルマン・ホフマンというキリスト教徒の名前を知っていた。


そして、「キング」の読者たちは、皇室や神社を尊敬し、偉い坊さんたちを尊敬し、東郷,乃木というような軍人を尊敬しながらキリスト教の宣教師たちにも敬意を払うようになっていたと思う。マホメッドは当時はほとんど日本人の意識に入っていなかったが、私はやはり講談社の出版物で読んで知っていた。

西洋でカトリックとプロテスタントが仲良く共存を始めたのは、30年戦争(1618~1648)の後で、啓蒙思想の浸透によるものである。


日本は啓蒙の先進国である。カトリックとプロテスタントの共存が西洋の第1次啓蒙とすれば、キリスト教と仏教の共存は、西洋の第2次啓蒙ということになるのではないか。その引き鉄の役目が日本のマンガがしているとすれば愉快な話である。イスラム圏にも啓蒙が行われ、釈迦とマホメッドが日本旅行することがマンガになる時代が来れば、と思う。

                        完


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「マンガになった釈迦とキリスト」(渡部昇一著、倫風2011/12)の紹介 1/2 [明治維新胎動の地、萩]

                  By N.Hori


渡部昇一さんが面白いことを書いていますので紹介します。


今年の夏はスイスから思いがけない客があった。孫娘の同級生の女の子が我が家に1週間滞在することになったのである。孫娘もスイスの高校1年生になり、夏休みなので東京に来ている。つまり我々老夫婦の生活に、2人の少女が加わった。


この少女は愛称でココと呼ばれている。このココちゃんはそれまで日本にきたこともなく、日本語学校に通ったわけでもないのに日常の挨拶などはちゃんと日本語でできるのだ。
朝に顔を会せれば「おはようございます」と言い、食事の時は「いただきます」と言い、終われば「ごちそうさまでした」と言う。就寝前は「おやすみなさい」と言って部屋に入る。

どうして日本語を学んだのかと聞くと、すべて日本のマンガによって覚えたという。フランス語圏での日本のマンガの浸透ぶりは想像以上のようだ。そしてココちゃんの将来の希望はマンガ家になることなのである。

だから彼女にとって明治神宮の表参道とか、渋谷とか、原宿とか、新宿とか、吉祥寺とか、浅草とかは長い間、あこがれの地名だった。孫娘と2人で、時には母親(つまり私の娘)と3人で、時には叔母(私の息子の嫁さん)も一緒に、そういう東京回りを続け、大いに満足して帰国した。


フランス語圏で流行っている日本マンガのいくつかも彼女から聞いた。もちろn日本の若者も知っているだろうが、われわれ老夫婦の知らないことばかりである。例えば、若い釈迦とキリストが一緒に日本を旅行するマンガ が大人気だと言う。もちろん、日本の人たちはその2人が仏と神であることは知らない。食事のためある店に入った時、店の女の子のサービスがなかなか良い。そのことを褒めると、女店員は「お客様は神様ですから」と答える。

それを聞いて、キリストは釈迦に向かって小声でささやく。「どうして私が神様だとわかったのだろう」。こういうところを読んでみんな笑い出し、面白がるという。


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私の消夏法(熱中症対策) [明治維新胎動の地、萩]

                  By N.Hori


室内でも30度近くなり、熱中症が心配される暑さが続きますが、対策は、水分+塩分をこまめに摂るように言われていますので、私は「塩飴」を舐めながら、水分は例の「擂鉢茶碗」で、小匙半分以下の煎茶を摺って、水道水を注ぎ、冷蔵庫で作った氷を3,4個放り込んだ冷茶を、毎日、3,4杯飲んでいます。夕方になると、小匙半分以下の「韃靼蕎麦茶の実」(カフェインレス茶
)を摺って、お湯を注いで飲んでいます。

幸い熱中症にもならずに、健康を保っています。


 
擂鉢茶碗は、萩焼の窯元に作って貰ったものですが、機能的には小型の擂鉢を使っても良いと思います

萩焼の茶碗で、雰囲気を味わいながら飲みたい人は、萩焼の窯元「大屋窯」(おおやがま、ホームページあり)で求めてください。
http://www7.ocn.ne.jp/~ooya/shopping.index.html 
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「太陽エネルギー考」(渡部昇一著、「倫風」(2011/11)の紹介 [明治維新胎動の地、萩]

                 By N.Hori 


上智大学名誉教授の渡部昇一さんが、常識的な意見を書いていますので、紹介します。

自然エネルギーへの期待が膨らんでいるが、私もかって、太陽熱温水を家庭で利用したことがある。もう40年も前のことだ。知人が家で屋根に黒いビニールの袋を並べてお風呂のお湯を沸かす設備を付けたら具合が良いというのである。我が家でも付けてもらった。


意外に熱いお湯が出るものであったが、長続きはしなかった。天気の悪い日はそんなに熱くならないし、夜はお湯が出ない。夏の風呂は、極端に言えば冷水のシャワでもよいが、冬は熱い風呂に入りたい。ところが冬になると熱い湯が出てこないのである。
というわけで1年もしないで設備を取り払った。工事費は大したことはなかったが、屋根の瓦はだいぶ傷んだようだった。

今、話題になっている太陽光発電のパネルはそんな幼稚なものでないことは分かっているが、夜は大丈夫だろうか。梅雨や時雨の時も大丈夫だろうかという疑念が去らない。そんな時に九州のリニアモーターカーの実験線跡に作った太陽光発電は失敗に終わったことを聞いた。パネルが火山灰や砂により覆われ、発電できなくなったという。火山灰を全部綺麗にするには時間や費用が膨大になるという。


雪国生まれの私は、冬の雪下ろしを連想した。雪国では屋根に積もった雪を人の力で下さなければならない。屋根の雪は放っておけばだんだんずり下がって軒を折ってしまう。だから軒より上のほうに丸太で雪止めをして、軒にずり落ちないようにする。雪止めの上に積もった雪をスコップなどで下すのが雪国の住人たちの大仕事なのである。雪下ろしは高齢者にはきつ過ぎる労働である。無理に屋根に上がったが、下ろす雪と一緒に落ちて死んだ老人の話も時々聞く。


太陽光から発電するために、普通の家や工場の屋根にパネルを張ることになるであろう。
垂直に立っているガラス窓でも1年もすれば、随分と汚れる。屋根に置くパネルは水平に近いので、物凄く塵や埃や砂や大陸から飛んでくる黄砂も積もるだろう。発電の効率を維持するには表面を綺麗にしておかなければならないはずだ。何か月に1度クリーニングが必要となるだろう。その費用はどのぐらいになるのであろうか。一般の家では、自分でクリニングしなければならないのではないのか。屋根に上がった素人の何人かは必ず落ちるであろう。

その内に何人かは死ぬか、重傷になると思われる。年間、自動車事故の犠牲者に匹敵する数の犠牲者が出るのではないか。
米、中、産油国など多くの国々が原発を進める中、反原発を進めている主要国は日独伊を見ると、70年前の三国同盟を連想してしまうのだが。
                     完


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櫻井よしこ「野田首相に申す」2/2 [明治維新胎動の地、萩]

                 By N.Hori


(産経2012/7/12)


もう一つの課題は、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加である。TPPは経済の枠組みを超えた根源的な次元に立つ戦略である。それは日本が依拠してきた価値観、多くの国々が多少の留保はあっても基本的に公正だと認めてきた価値観を担保し、諸国の閉鎖性を緩やかに解き、国を開いていく力となる。


国家にとって経済基盤の安定と強化はまさに生命線である。日本の膨大な財政赤字を考えれば消費税増税の首相の決断を評価する。小沢氏らの離党の直接のきっかけとなったこの増税は、良識ある人々なら誰もが必要だと考えていることの一つである。1000兆円規模の財政赤字は若い世代にツケとして回される。若ければ若いほど負担は大きい。とりわけこれから生まれる子供たち(将来世代)がその一生で引き受けなければ純負担は一人当たり1億500万円に上がる。この数字は内閣府経済社会総合研究所の分析結果だ。
生まれながらに億単位の借金を子供や孫ら未来の日本人に背負わせるような財政状態では日本の繁栄など到底覚束ない。第一、将来世代の子供たちが気の毒だ。

増税はどの時代においても不人気だ。ポピュリズムに堕ちた政治家には到底、言い出せない増税を野田首相は兎にも角にも決断した。
原発再稼働も真っ当な判断だった。それでもまだ首相は民主党の負の遺産に絡めとられている。7月1日に始まった自然再生エネルギーの全量固定価格買取制(FIT)である。太陽光、地熱、風力、バイオマスなどによる再生可能エネルギーの電力を、最長20年間、電力会社に買い取らせる。太陽光電力の買取価格は業界の要望よりも高く、1kwh42円とドイツの2倍以上になった。これは最終的には国民負担となる。日本が手本にするドイツは、1991年にFIT導入から20年後の現在、大幅な見直し(買い取り価格の更なる値下げ)を進めている。累積で約10兆円を注入しても太陽光発電はドイツの総電力量の3%を占めるにすぎない。

ドイツの事例から学べるのは、自然再生エネルギーの将来の可能性は大きいとしても、現時点での経済効率は低く、安定的な基礎エネルギーとするには相当な期間がかかるということだ。ドイツの失敗の例をそのまま真似た日本版FITは、管首相の極端に偏ったエネルギー政策の置き土産である。野田首相は脱原発を軌道修正したが、FITの行き過ぎなど菅首相の悪しき残滓を徹底的に払拭しなければならない。


いま政府は将来の日本のエネルギー政策における原発比率などを「討論型世論調査」を行って国民の意見を反映させて決定するとしている。エネルギー政策は国の経済政策の根本で、安全保障政策でもある。民意の大切さは言うまでもないが、国の基本政策を民意に丸投げで決めるようなことは責任ある政治家のすることではないだろう。
                                     


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櫻井よしこ「野田首相に申す」1/2 [明治維新胎動の地、萩]

                 By N.Hori 

(
産経2012/7/12)

元気に正論を説くジャーナリスト櫻井よしこさんが、産経の連載コラムに書いている記事の紹介です。


小沢一郎氏の勢力、49人の離党こそ野田首相にとって大きなチャンスである。民主党は従来よりもはるかに合理的な政策運営が可能になり、首相にとって、自分の信ずる基本路線を邁進する好機である。
決められない政治を脱却し、これまで積み残されてきた多くの課題を一つずつ果敢に片づけていくことによってのみ、閉ざされたかに見える政局の道が開かれていく。

税と社会保障の一体改革に政治生命をかけ、不退転の決意で臨んだように、日本の存亡に関わる安全保障、国土、領海の守りに必要な措置を、大いなる決意で断固講じていくべき局面だ。

首相は尖閣諸島を国が買い取ると語った。本来、それこそ正しい道であるのに、国への信頼がないために、首相の言葉は評価されていない。だが、これは必ずしも野田首相一人の責任ではないだろう。

歴代の政権下で、外務省が尖閣諸島を借り受け、日本国民を寄せ付けず、中国に領有権主張の隙を与え続けてきたこと、菅直人、仙石由人両氏が尖閣での領海侵犯事件で中国に屈服したことを思えば、国民が首相よりも石原慎太郎都知事に希望を託そうとするのには、十分な理由があるのだ。


国として尖閣を買うと真に思い定めているのなら、首相は静かに、着実にその意思を本物であることを示せばよい。まず、丹羽宇一郎中国大使を更迭し、大使たる者が祖国の国益を害するのを日本国政府は許さないと、内外に示すのだ。中国政府も日本政府の決意を深く受けとめることだろう。

次に尖閣問題であらゆる形の摩擦が中国との間に発生することを想定し、備えを整えるのだ。まず、日米関係を真に相互互恵の果実を生む体制とし、米国にとっても日本こそ必要だという枠組みを作る。その第一が、集団的自衛権の行使である。首相が「迷いなく、疑念なく選任した」森本敏防衛相の支えを得て、日本に集団的自衛権は認められているが、その行使は憲法上許されないという内閣法制局の支離滅裂な解釈を、首相の決断で変更する好機とすればよい。

首相の決断は、同じ価値観を有する政治勢力の結集を促すであろうし、さらに日米同盟は比類なく強化され、真に互恵の同盟となる。
尖閣周辺海域にとどまらず、東シナ海、南シナ海、西太平洋、インド洋まで、中国との軋轢を懸念する沿岸諸国にとっても、日本の決断は大きな朗報となる。


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“民意に従え”は政治の自殺」適菜収著、産経2012/7/6 の紹介 [明治維新胎動の地、萩]

                                      By N.Hori


稲門の後輩の哲学者・適菜収氏〈1975年生〉が産経のコラム「賢者に学ぶ」に書いていることの紹介です。

消費税増税法案をめぐり政界で混乱が続いて、民主党が分裂した。こうした中、「国民の皆さんが納得しない」「増税は民意に背く」などと言い出す議員まで現れた。愚の骨頂である。そもそも政治家は政策決定において、安易に民意に従ってはならないのだ。政治家は有権者の御用聞きではない。政治家がやるべきことはただ一つ。議会で議論することである。移ろいやすい世論民意、熱しやすい世論から距離を置き、過去と未来に責任を持ち、冷静な判断を下すことである。我が国の将来にプラスになるなら増税すべきだし、マイナスになるなら阻止すべきである。その際、民意は関係ない。


「民意に従う」「国民の判断を仰ぐ」ことが正しいなら、すぐにでも議会を解体して、すべての案件を直接投票(民主主義)で決めればいい。現在では技術的にそれは可能だ。しかし同時にそれは、政治の自殺を意味する。直接投票で物事が決まるなら知性は必要なくなるからだ。人類の知の歴史が明らかにしてきたことは、民主主義の本質は反知性主義であり、民意を利用する政治家を除去しない限り、文明社会は崩壊するという事実である。


諸学の父・アリストテレスは、著書[政治学]において民意を最優先させた場合の民主政を、僭主政(正当な手続きを経ずに君主の座についた者による政治)に近い最悪のものと規定した。また、マッカシーズムとベトナム戦争を痛烈に批判したウオルター・リップマンは、ジャーナリズム論の古典「世論」で民意の危険性について分析している。「なぜなら、あらゆる種類の複雑な問題について一般公衆に訴える行為は、知る機会をもったことのない大多数の人たちを巻き込むことによって、知っている人たちからの批判をかわしたいという気持ちから出ているからである。このような状況下で下される判断は、誰がもっとも大きな声をしているか、あるいはもっともうっとりとするような声をしているか(中略)で決まる」


平成17年8月、郵政民営化関連法案が参議院で否決された。小泉首相は激怒し、「国会は郵政民営化は必要ないという判断を下した」「郵政民営化に賛成か反対かを国民の皆様に問いたい」と言い衆議院を解散した。これは憲政史上類例を見ない暴挙であり、我が国の議会主義が死んだ瞬間である。職業政治家の集団である参議院の判断を無視し、素人の意見を重視したのだから。


この20年にわたるメデイアの<民意礼賛>がおかしな政治家を生み出している。橋下大阪市長は「僕が直接選挙で選ばれているので最後は僕が民意だ」と、二言目には民意を持ち出し、自己正当化を行う。これはナチスのヒトラーが使った独裁のロジックとまったく同じものだ。歴史的に見て、デマゴーグは常に民意を利用する。リップマンが指摘したように、ステレオタイプ(紋切り、画一した)化した世論、メデイアが恣意的につくりあげた民意は、未熟な人々の間で拡大再生産されていく。政治家の役割は、こうした民意の暴走から国家・社会・共同体を守ることである。
                               完           
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「日本人の健康寿命をご存知ですか」 [明治維新胎動の地、萩]

                                    By N.Hori 


(日経,2012/6/28記事より)
 

健康寿命とは、介護を受けたり、寝たきりになったりせず、健康でQOL(生活の質)の高い日常生活を送れる生涯です。

日本人の健康寿命は、10年時点で男性70.42歳、女性73.62歳とされています。

これは同年の日本人の平均寿命は、男性79.64歳(世界2位)、女性86.39歳(世界1位)に比べ、男性で9.22年、女性で12.77年短い。この差の期間は、日常生活の制限のあるQOLが低くく、高齢になっても安心して過ごせる社会を実現するためにはこれを縮小することが大切だ。


生活習慣病の予防、治療は重要な位置を占める。生活習慣病の代表は、高血圧症、脂質異常症、糖尿病、脳卒中、心臓病、肥満などであり、食事、運動、喫煙、飲酒などの生活習慣が関与していると考えられる。
生活習慣病の治療の柱は、生活習慣の改善、それぞれの病気の治療薬の服用であるが、1人で複数の生活習慣病になっている人も少なくない。さらに「メタボリック兆候群」という概念の登場によって、生活習慣病の治療は、1人ひとり異なる治療方針を立てるようになってきた。

日本の医療は、世界に先駆ける新型万能細胞(iPS細胞)を使った再生医療をはじめとして、「分子イメージング」の診断、治療など先端医療技術やバイオテクノロジー分野で、「エクソソーム」を活かした日本発の創薬に期待が高まっている。再生医療の応用の中で、生活習慣病の発症の新たなメカニズムが発見され、それが新たな薬の開発につながるとの期待もある。


我々の年代は、既に、日本人の男性の健康寿命を越えていますが、生活習慣を維持、改善して、健康寿命を延ばし、少しは社会に役立つことに努力しましょう。
                                 完


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「秩父・柴原鉱泉の柳屋旅館」へ、蕎麦を食べに行きました」 [明治維新胎動の地、萩]

                 By N.Hori

6/24(日)の朝、急に思い立って、10時半過ぎに家内が運転するプリウスで、秩父の柴原温泉に行きました。東京外環道路の「川口西IC」から乗り、大泉JCTで、関越道に乗り換え、「花園IC」まで乗り、その後、国道140号線「彩甲斐街道」(埼玉と山梨を結ぶメインロード)を走り、寄居、長瀞経由、秩父に入り、市街地を通過、柴原鉱泉に着きました、家内の1日の許容距離限度の片道100kmのドライブでした。

柳屋旅館入口.JPG
















 




柳屋玄関.JPG予約なしに、西島さんがお薦めのそば処
「柳屋旅館」に午後1時頃に着いて、「横浜在住の人から、「絶品」と奨められたので、是非、ここの蕎麦を食べたい」と御主人に頼みましたが、「今日は予約の人が一杯で、ちょっと無理です」と当然ながら、断られました。
「しかし、当店を奨められた横浜の人は、どなたですか?」と聞かれましたので、「昔、秩父の工場にいた西島さんという方です」、と言うと「普通はお断りするのですが、西島さんのご紹介なら、少し待って頂ければ、何とか作ってみましょう」と言っていただきました。
待っている間の30分に、香りの良い檜の浴槽の鉱泉につかり、汗を流しました。日帰り温泉入浴:700円、手ぬぐい代:200円でした。

柳屋にて.JPG少し待つと、蕎麦が出来上がり、「もり蕎麦+山菜天プラ」:1300円を山の景色を眺めながら食べました。西島さんの御蔭で、美味しい蕎麦を頂けました。ご主人は、西島さんのことをよく覚えておられ、西島さんへよろしくと、言付けがありました。

秩父神社拝殿.JPG秩父神社案内図.JPG








お元気三猿.JPG帰途は、12月の秩父夜祭で有名な秩父市内の「秩父神社」に参拝しましたが、立派な拝殿でびっくり。「お元気三猿」という日光とはまったく逆さまの「よく見て、よく聞いて、よく話す」という「お守り」を買ってきました。

その後、トンネルばかりの140号線の皆野・寄居バイパスを通り、「花園IC」へ近道をして、5時過ぎに帰宅できました。家内は高速道路をあまり走ったことがなく、疲れたようですが、まずは楽しい一日でした。


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「この頃感謝していること」(渡部昇一著、「倫風」2012/7) [明治維新胎動の地、萩]

                  By N.Hori


多くの日本人が“当たり前”だと思っていることを指摘していますので、紹介します。


日本はこの20年、不況続きだと言われてきた。ところが最近読んだアメリカの雑誌によると、この20年間に日本で立てられた高層ビルは、アメリカ全土で建てられたものより多いという。そうした大きな高層ビルを見る度に、その高いビルの最上階まで水洗便所で、1回の用便で流す水量は少なくないことを思い、驚いてしまう。


私が若い頃には、東京では断水騒ぎや節水要請があった。その頃は、高層ビルもうんと少なかったし、水洗便所も普及していなかった。私は50数年前に練馬区に住み始めたのであるが、子供たちが言う「ウンチのブーブー」が来た後では、冬でも窓を全部開いて空気を入れ換えないといけなかった。そして、水洗になった時の家内の喜び様も思い出すことができる。


こんなに高層ビルが沢山建っても全部に水洗トイレを設置できるのは、東京都のその方面の担当者たちの努力であろう。水道が断水しなくなったのもその担当者たちの努力であろう。

私は高層ビルを見る時、たまにこんなことを考えて、それを可能にしてくれた人たちに感謝の気持ちを起こすのである。断水がなくなったと言えば、停電もなくなった。


現在あれだけ高層建築が建てば、電気の需要増加も大変なものだろう。NYでもかって大停電が報じられたことがあるが、日本も高度成長に伴って電気の需要も物凄く伸びたはずである。しかし福島原発事故直後を除けば、東京で停電はほとんどなく、高層建築は建ち続け、水洗トイレからは水が流れ続け、その水を押し上げるポンプの電気も停まっていない。


空気と水は昔からそれなくしては生きていかれないものとされてきた。しかし日本人の大多数が住む都市部では水は電気と同じように供給されている。われわれが生きてゆくためには、食物のほかには空気と水と電気が欠かせない。


このうち水は日本では昔から心配する必要のないものとされてきた。何しろ国土の7,8割が山で、山からは飲める水が流れてくる有難い島だからである。ところがその水が国際的にはひどく貴重なものになっているようだ。

10年ほど前に故郷の山形県で国際的水シンポジウムがあった時、イスラエルの外交官は、温泉をたれ流ししている状態をみて、「本当に日本が羨ましい」と言った。「自分の国では水をタンカーで輸入しているのです」


私は、水の豊かな日本の国土の有難さを思い、その水を高層建築のトイレにまで運んでくれる水道と電気の関係者に感謝するのである。                 完。


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「認知症予防の食生活」3/3 [明治維新胎動の地、萩]

                 By N.Hori 


(
産経広告記事2012/5/25)の概要紹介
 

山田:認知症の患者さんやご家族にとっては治療の選択肢が広がり、特にパッチ剤の登場は介護する家族の負担軽減にもつながりますね。


白澤:確かに治療の選択肢が増えたことはよいことですが、いずれも進行を遅らせる薬で、アルツハイマー病を根本から治す特効薬ではありません。今のところ、βアミロイドの量を減らしたり、脳内への蓄積を阻害する方法はまだ開発途上にあります。免疫力を活発にしてβアミロイドを取り除くワクチンが実用化されるまで、多分10年、20年はかかるでしょう。それを待つよりは、今の時点ではアルツハイマー病にならないための予防法を確立する方が大切ではないでしょうか。アルツハイマー病はいったん発症すれば、死滅した神経細胞を元に戻すことはできません。それよりも、まだ神経細胞が残っているときに、症状を進行させないように予防する方が重要だと私は思います。アルツハイマー病は食事や運動(太らないために?)などで予防できることが分かってきました。


山田:では、どんな食べ物をどのように食べればよいのですか。


白澤:「ブレーンフーズ」という脳を活性化する食べ物が、科学的根拠があると言われています。例えば、カレー粉に含まれるウコン(ターメック)の化学成分クルクミンはポリフェノールの1種ですが、クルクミンをβアミロイドの溶液に加えると神経細胞が死滅しないことが分かっています。カレーを沢山食べるインド人は、アメリカ人に比べアルツハイマー病患者が少ないとの報告もあります。


山田:野菜や果物も認知症の予防に良いと聞きました。


白澤:認知症予防のカギとなるのが、体をサビつかせる活性酸素をどう抑えるかでしょう。
植物の化学成分である「ファイトケミカル」が十分含まれ、とても抗酸化力に優れています。また、果物には活性酸素を抑えるビタミンCが豊富に含まれています。旬の野菜や果物をたっぷり摂ることは認知症を予防するうえでとても大切ですが、朝、忙しい人は野菜ジュースを摂っても構いません。日系米人の大規模疫学調査では、野菜か果物ジュースを1週間に3回以上飲む人は1回以下しか飲まない人に比べ、発症リスクが76%も低い結果でした。

山田:地中海料理を食べている人が罹りにくいとも聞きました。地中海料理といえば、野菜や果物、魚介類、穀物、豆類などを食材に用いる一方、肉は少な目、油はオリーブオイルを使うのが特徴ですね。日本食に似ていると言われますが、地中海料理のどんな点が予防に良いのですか。


白澤:ニューヨークの調査で、最も地中海料理に近い食事を摂っている人は、もっともかけ離れた食事を摂っている人に比べて、発症リスクが68%低かった、との報告があります。
野菜、果物など抗酸化作用を持つ食品と不飽和脂肪酸のオリーブオイルを中心としたバランスのとれた食事がアルツハイマー病の予防に良いのでしょう。確かに地中海料理の食材はオリーブオイルを除けば日本食とよく似ています。したがって、日本食中心の食事を続ければ、認知症を予防できる可能性があるかもしれません。

山田:魚が認知症予防に良いと聞きました。


白澤:確かに魚をたくさん食べている高齢者に認知症の人は少ない、とも言われています。おそらく、マグロ、イワシ、サンマなど背の青い魚が持っている脂のDHA(ドコサヘキサエン酸)にその秘密がありそうです。このほか、適量の赤ワインや脳血管性認知症の原因の1つでもある脳梗塞を防ぐ働きがあるとされる「納豆」などが認知症によいとされています。こうした食品を積極的に摂り、バランスのとれた食生活を心がけることは、健康長寿にとって欠かせないでしょうね。                    
                                       完


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「認知症予防の食生活」 2/3 [明治維新胎動の地、萩]

                 By N.Hori


(
産経広告記事2012/5/25)の概要紹介


山田:認知症というと、一般的には物忘れを連想しますね。年をとると、「人の名前が出てこない」「漢字を忘れる」「物をどこにしまったか覚えていない」というような経験をよくします。こんな物忘れがあまりにも多いと「認知症の始まりではないか」と心配する人も結構多いようです。


白澤:脳の衰えは、年をとるごとに進んでいきますので、ある程度の物忘れは、自然な老化現象といってもよいでしょう。でも、物忘れがひどくなると、加齢に伴う物忘れなのか、認知症によるものなのか初期の段階では、なかなか区別がつきません。認知症の初期の段階を、「軽度認知障害」(MCI)と言い、同じ話を何度も繰り返すような兆候がよく見られるようになります。もっと症状が進めば「その日が何日で、何曜日なのか」わからなくなる「見当識障害」が出てきたり、さらに「身の回りのことができない」「文字が読めない」などの「認知機能障害」が現れてきます。こうした障害は中核症状と呼ばれますが、介護する家族にとって最も大変なのは、徘徊、失禁、幻覚、妄想、暴力などが出てくる周辺症状と言ってもよいでしょう。


山田:認知症にはいくつか種類があると聞きました。


白澤:大きく分けて脳梗塞や脳出血などの脳疾患に伴って、脳の記憶や言語をつかさどる部位が障害を受けて起こる脳血管性認知症と、脳の中に「βアミロイド」と呼ばれるたんぱく質が蓄積され、神経細胞を壊して脳が委縮するアルツハイマー型認知症があります。75歳までの人には、脳血管性が多く、75歳を過ぎるとアルツハイマー型が増え、全体の約6割を占めるとも言われています。


山田:アルツハイマー病は遺伝するのでしょうか。


白澤:まだ原因は解明されていませんが、「家族性アルツハイマー病」のように遺伝するタイプを除き、ほとんど関係ないと言ってもよいでしょう。多くが環境要因、つまり生活習慣
が関係しているとも言われています。たとえば、太っている人、肉など高脂肪食を摂り続けている人、タバコを吸う人、血圧の高い人などもリスクが高いことが最近の研究で分かってきました。

山田:現在、アルツハイマー病の治療はどのような状況なのでしょうか。


白澤:アルツハイマー病の治療薬はこれまで1種類だけでしたが、昨年、貼り薬(パッチ剤)など3種類の新しい治療薬が登場したほか、2種類の薬の併用も可能になりました。


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「認知症予防の食生活」1/3 [明治維新胎動の地、萩]

                  By N.Hori


(
産経広告記事2012/5/25)の概要紹介 


高齢社会になって、今後ますます増加が予想される認知症。症状が進めば、物忘れが極度に激しくなり、身の回りのこともできずに、寝たきりになったり、介護が必要になることもある。

「健康で長生きしたい」という高齢者を襲う認知症だが、その根本的な治療法は残念ながらまだ確立していない。したがって、認知症にならないように予防することが健康長寿には何より大切である。最近の研究で、食事や運動である程度認知症を予防できることが分かってきた。


長寿と老化研究の第一人者で順天堂大学大学院教授の白澤卓二教授と山田養蜂場代表の山田英生氏の対話を聞いた。


白澤:アルツハイマー病は徐々に記憶が失われ、自分や家族が誰だか分からなくなる心配があるうえに、原因も分からず、治療も不可能とされてきたため、誰もが避けたい病気の一つと思ってきたのでしょう。


山田:高齢化に伴って、認知症の人が急増し、現在、208万人と推定されている。2035年には、450万人を超えると推計されている。認知症は、年をとれば誰でも発症する可能性があり、心配ですね。


白澤:レーガン元大統領アルツハイマー病を公表した時、「あのレーガンでさえなったのだから、アルツハイマー病は年齢を重ねれば誰がなっても不思議ではない」


山田:告白の中で「私は今、人生の黄昏(たそがれ)へ向けた旅に出発します」という米国民に向けたメッセジにも感動しましたが、それ以上に人一倍エネルギッシュに世界を動かしていた彼でさえもアルツハイマー病になる、ということに大変なショックを受けたものです。
でもレーガンさんの勇気ある告白は、アルツハイマー病の深刻さを世界に伝えると同時に、アルツハイマー病がもはや隠す病気ではないことを堂々と宣言したものとして高く評価されていますね。

白澤:その通りです。

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「戦後社会を透視した3人の男」の紹介  [明治維新胎動の地、萩]

                 By N.Hori

谷沢(たにざわ)永一著「歴史の読み方 人間の読み方」(知恵の森文庫、2000年)は、日本史における4大「乱世」は、「応仁の乱」「明治維新」「第2次大戦後」「第1次石油ショック以後の現代」として、標題の章を書いています。知らない人も多いと思いますので、概要を紹介します。



石橋湛山


まず、戦後社会を考える上で、筆頭に置くべき人物は「石橋湛山」(稲門の大先輩)である。戦前は東洋経済新報社に籍を置き、シベリア出兵に反対するなど鋭い論陣をはった自由主義者で、戦後は大蔵大臣、通産大臣から首相になったが、就任3か月で発病し退陣した。


石橋湛山が第一の人物であるとする理由は次のエピソ-ドによる。湛山は昭和20年8月15日、終戦を迎えるや、ただちに東洋経済新報に論文の掲載を開始した。その論説の主旨を従前からの所説を加味して敷衍すれば概略次の通り。


「私の計算によれば日本の植民地経営の収支はまったくの赤字であり、植民地の膨張というものは単に地図上に色を塗っただけのことであって、実際は全部持ち出しだった。それに加えて、日本の国力からすれば、まことに過大な陸海軍の装備兵力を持ち、それを全部ドブに捨てるような無駄使いをした。


さて、ここで眼を転じて見れば、このような植民地経営のロス、陸海軍におけるロス、この莫大なロスが全部なくなったわけである。加えて日本人は高度な近代産業の技術と生活感覚を身につけており、伝統的に勤勉である。その優秀な民族がこの4つの島に閉じこもったわけであるからこれから日本の前途は洋々たる未来が待っているのみである」


この論文を読んだ小汀利得が驚いて東洋経済新報に飛んで行って「お前さんの親分は世に並びない傑物だが、とうとう敗戦で頭がおかしくなった」と言った。小汀利得は当時日本経済新聞の編集局長をやっていた人物である。そして湛山とは30年来肝胆相照らす親友であった。その人間がこう言わざるをえないような時代的雰囲気だったわけだ。敗戦。一面の焼け野原。当然であったろう。


ところが歴史は湛山の論文の通りになった。彼は単に予言しただけでなく、30年来の自説を今度は政府の重職に就いて実行していくのであるが、その先駆性は瞠目すべきと言わざるをえない。残念なのは、首相就任後、間もなく発病して退陣してしまったことです。



西山弥太郎


次に、戦後の混乱期に重大な役割を担った人物に川崎製鉄社長の西山弥太郎がいる。彼は、茫々廃墟の時代にいち早く川崎沖に銑鉄鋼鉄一貫生産の大溶鉱炉を建設する構想を打ち上げ、当時は東の東宝、西の川崎といわれた川鉄労組を相手に、また一方では大蔵省、日銀を相手に八面六臂の活躍をする人物であった。彼が万難を排してこの大溶鉱炉の建設に着工したことは、日本の経営者にどれだけ大きな勇気を与えたか、はかり知れない。


西山弥太郎が大きな花火を打ち上げると、日本全国の経営者がいっせいに設備投資を開始する。折からの朝鮮戦争が、朝鮮の人には気の毒であるが、日本にとっては真帆に追い風を受けたような幸運になった。順風満帆、日本は猛烈なスピードで設備投資を展開していった。

勝つか負けるかの大賭博を全国規模で打っているような景色であった。



下村治


この大バクチの予想を冷徹に計算して結論を出した人物がいる。大蔵省で冷や飯を食っていた下村治である。彼は窓際族だったからヒマだけはある。その時間を有効に使うところが偉人の証拠だが、全国でいま行われている設備投資がいっせいに稼働したらどういうことになるか綿密に割り出したのである。これは大変な高成長になるという結果が出た。

下村治のこの驚くべきカルテを田村敏雄がキャッチして池田勇人にコンコンと教えた。彼の打ち出した「所得倍増論」は、この下村の提出した日本経済のカルテがもとになって作られたものであった。当時はその実現を素直に信じた人間は少なかったが、歴史がまたもや下村治という先駆者の予言通りになったことは言うまでもない。



現在も乱世ですが、下村治さんのようなブレーンを活用して石橋首相のように、
野田首相が日本経済のデフレ脱却、再成長政策を期待したいものです。


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四国のバス旅行に行ってきました -2/2 [明治維新胎動の地、萩]

                                          by N.Hori

その後、坂出の瀬戸大橋記念公園のリング型の展望室が回転しながら上るタワー(高さ108m)から瀬戸内海中央一帯を眺めた後、松山市内まで走り、昼食を摂ってから、今治に戻る無駄なルートで、島伝いの「しまなみ海道」で大三島に渡り、

大山祇神社4.JPG大山祇神社1.JPG








日本の総鎮守と呼ばれる「大山祇(おおやまずみ)神社」を参拝し、大島に戻り、亀老山展望台に上り、西瀬戸内海の眺望を楽しみました。

泊りはまた松山に戻り、日本最古と言われる「道後温泉」でした。内湯もありましたが、道後温泉本館(通称「坊ちゃん風呂」)と呼ばれる外湯(公衆浴場)へも行きました。明治時代に出来た古典的な公衆浴場の良いアルカリ湯で、良い体験でした。

第3日は、道後を7時50分に出て、砥部焼陶芸館を覗き、内子護国の町並みを散策し、宇和島の真珠会館で昼食を摂り、四万十川の下流を船で遊覧しましたが、河口に近い汽水域(海水と川の水が混じる地域)なので、水底が見えませんでした。船頭曰く「水が透明でないのは期待外れかもしれませんが、汽水域の漁にとっては、現状がプランクトンも多く、一番良い状態です」と開き直った話でした。

はりまや橋と高知城を車窓から見て、宿に着きました。宿は、土佐の殿様、元山内公の下屋敷だったところで、門構えや湯殿は当時の雰囲気を残していました。ここも高知市内で、天然温泉を掘り当て、温泉旅館になっており、元殿様の湯殿を体験しました。

第4日は、旅館を8時に出て、坂本竜馬の誕生地碑を車窓から見て、桂浜に向かい、長宗我部元親の銅像と坂本竜馬の銅像を見て、中国山脈へ上り、吉野川の支流の祖谷の「かずら橋」を渡りましたが、木の蔓で出来た橋ですので、最近のはやり言葉で“想定外に多くの観光客が来て、切れて落ちた”と言って欲しくないと、皆ブツブツ言いながら渡りました。かずら橋は通路の隙間が思っていた以上に大きく、20cm角ぐらいありましたので、スリルがありました。その後、大歩危峡で、蕎麦の昼食を摂り、遊覧船に乗り、両岸の崩れた岩石は壮観でした。

大歩危から池田、琴平経由で、高松空港に走り、16時40分のJAL便で羽田に飛び、無事、帰りました。ルートに不可解なところが2、3あり、時間に追われるツアーでしたが、まずは、楽しい旅行でした。             完。


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四国のバス旅行に行ってきました -1/2  [明治維新胎動の地、萩]

                                           by N.Hori

/10~13まで、羽田10時半→ 高松11時45分をJALで飛び、その後、3泊4日で四国の中心部をバスで回るツアーに参加した取留めのない報告です。

鳴門大橋5・10.JPG














 

鳴門観潮5・10.JPG鳴門渦5・10.JPG








1日は、高松空港から鳴門に行き、その後、屋島に戻り、琴平に泊まるルートは無駄な往復でしたが、私は、高校時代にブログ仲間の大嶋君と鳴門に行き、渦潮を船で見ましたが、現在は淡路島との間に大鳴門橋が架かり、橋上から床に設けたガラス窓から見ることが出来るようになっていました。
 屋島には、那須与一が、平家の挑発した扇の的を射った源平の「檀の浦」合戦場があります。「だんのうら」には、平家が滅亡した下関の「壇(祭場の意)の浦」と屋島の[檀(香木の意)の浦]が2か所あるそうです。琴平が温泉地であることを初めて知りました。
 
金毘羅参拝5・11.JPG第2日は、旅館を7時40分に出て、まず、金毘羅宮を参拝し、我々夫婦は琴平神社の本宮まで785段の階段を往復できるか、心配だったのですが、皆に付いてなんとか完歩することが出来ました。


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大災厄は政府がもたらす [明治維新胎動の地、萩]

産経・田村秀男編集委員 (2012/05/03)の要旨紹介                  

                                                        
          by N.Hori


田村氏は、明解なデフレ脱却・インフラ整備優先論を提案しています。

休日に郷里からやって来た旧友を、東京ゲートブリッジに案内した。2月に開通した巨大橋は、耐用年数100年、最新の免震構造や太陽光発電システム導入と日本の建築技術の粋を集めている。威容を眺めながら、友はつぶやいた。「でも田舎じゃ、大橋にヒビが入っても修理するカネもなくて大騒ぎだよ」 

各地で社会資本(インフラ)の劣化や毀損事故が相次いでいる。日本のインフラは60年代の高度成長期に集中整備されたが、老朽化が激しい。インフラの多くは現在の耐震基準を満たしていない。「首都直下地震、東海・東南海・南海の連動地震の危機が迫りつつある」という専門家の警告が重くのしかかる。


地元でできることは緊急時の避難などに限られる。巨大地震。津波にも耐えられるインフラの整備を急ぐのは国の役割なのだが、政官の関心はもっぱら、消費増税関連法案に絞られている。巨大地震に備えるための財政出動よりも、大型増税を急ぐべきなのか。野田首相らが強調するように、財政破綻を意味する「ギリシャ化」が明日にでも起きるのか。
 

日本は、政府債務の大半を海外に負うギリシャなどユーロ圏の問題国と違い、政府債務の9割以上は国内で消化されている。この安心感から日本国債は世界で最も安定した金融商品として買われるので、その金利は主要国中最も低い。
国内総生産(GDP)比で政府債務が増え続けてきた元凶は国民の所得を細らせるデフレにある。日本では1930年代の「大恐慌時代」の米国以上の深刻なデフレ不況が続いている。過去20年間、日本の経済実額規模はゼロ成長、一般会計税収は20兆円も細った。 

増税に伴って家計消費は圧迫され、デフレが加速する。全体の税収は意図に反して減る。
すでに家計は貯蓄を取り崩し、3世帯のうち1世帯近くが預金ゼロに陥っているという。


これではいづれ国債を支える国内貯蓄が大幅に減り、それこそ「ギリシャ化」する日が来る恐れがある。そうなれば大震災や大災害に備えたインフラ整備どころではない。

最優先すべきは増税ではなく、脱デフレと大災害に強い日本列島の再生の同時達成である。


そう主張すると、財務省寄りの論者から反駁される。「財源もないのに、どうするんだ」と。
 
カネはある。日本は世界最大の債権国で、債権総額から債務総額を差し引いた純債権が250兆円に上がる。家計貯蓄が日本政府の純債務625兆円ばかりだけでなく、米国など海外の借金(債務)までも引き受けている。近現代経済学の巨頭、J・K・ケインズは国内の貯蓄は全額、国内投資に振り向けるべしと説いたが、財務省は債権を発行して貯蓄123兆円を吸い上げて米国債などの購入に充てている。国際金融市場安定のためにドルや米国債を保有するのはよいとしても、家計をやりくりして貯めたカネまで使うのは国際的な非常識だ。
この対策は、日銀がお札を発行し、米国債を日銀の帳簿に移せば済む。政府はこの日銀資金を国内のインフラ投資の原資に回せばよい。そうすれば、量的緩和効果により、デフレも消滅しよう。


カネが無いことを理由に、国民の生命と財産を奪う大災害に備えることができないと言い訳するような政府こそ災厄なのである。         

                                                                        完


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「機械科100周年記念式典関連」報告 -5/5 [明治維新胎動の地、萩]

 
創造理工学部総合機械工学科吉田誠教授の論文の紹介


                                                                               .by  N.Hori


今年3月2日に、鋳物研究所で講演を聞いた、手伝っている企業の技術に関係した吉田教授の「溶融凝固加工プロセスの研究開発」の論文を紹介します。

機械設計と素材・加工技術の両方の素養を持つ強力なモノづくり技術者の育成を当学科にてめざしたい。


設計担当と材料(加工)担当の距離は近いか


設計者と生産技術者のコミュニケイションは、より良いものづくりに於いて不可欠である。

工場で設計者の図面を具現化する立場に於いては、あれこれ理由を付けて新しい設計を受け入れることに難色を示すことがあった。同時に設計者が素材に関する知識や塑性加工、鋳造、溶接などの加工法に未熟な場合には、既存の設計パターンの呪縛から逃げられず、創造的なものづくりに支障がでることもあった。これまでにない斬新な設計を量産に於いて具現化するためには、設計の素養と同時に、素材そのものの種々の特性と、その加工技術、ひいては生産技術に関する素養を持ち合わせていることが望ましい。省みるに、これまでの教育は、機械屋と材料屋という分け方をされがちだった。各々どちらをとっても一朝一夕には専門家になりがたいほど深遠であることは論を待たない。しかし一方、お互いの土俵に根付きすぎるために意思疎通が困難なことがあり、新しいものづくりの上で多少なりとも支障を生じかねないこともあった。

戦後、材料の中心はいわずもがな金属材料であった。今でも機械構造材料の王道と言えるが、樹脂や半導体デバイス・磁性・超電導材料など材料工学の分野は広範になった。こうした材料はEV、HEVなどこれからの社会を支える機械システムに欠くべからざるものである。これらの材料学を深めるとすれば、いわゆる強度学や塑性、鋳造、溶接などの加工学といった金属冶金学の他に量子力学などの素養が要求されるかもしれない。機械工学も多様化してきた。医療やロボテイックスからヒューマンインタフェイスまで、次世代の機械システムの範疇であることは間違いない。材料も機械も大いに多様化する中で、すべての要素学問を教育(学習)することは現実的に可能であろうか。


この際、電子がどのような軌道で飛び交うという分野は概要のみにとどめ、機械設計と構造材料学の素養を強化するための教育もあってよいのではないか。
 

機械材料教育の今後


そんな教育は昔からあったかもしれない。しかし機械屋でもあり材料屋というのはさほど容易とは思えない。教育として中途半端という見方もある。世界的に機械材料屋を育成するための優れた学部生向けの教科書が複数ある。なかでも、

 “Materials Engineering,Science,Processing and Design”

    Michael Ashby and David Cebon(共著)

    ButterworthーHeinemann社発行

 
 
“Foundations of Materials Science and Engineering“

   William F.Smith著

  McGraw―Hill Education社発行 

という教科書は優れたものと見ている。実際、Smithは航空工学と金属工学の両方の教育を受けている。ネイテイブ以外の国でも多数用いられ版が重ねられている。ネットと連動して動画を見たり、付属のソフトを使用して演習出来るなどの工夫もされている。英語は比較的に平易でイラストや設計上の失敗例がふんだんに盛り込まれている。一部を講義に取り入れ始めた。世の中がますます多様化する中で、教育も多様化しながら、同時に取捨選択にせまられている。幸い本学は産業界に多数の人材を輩出しており、共同研究の繋がりや、非常勤講師をお願いさせて頂くことも多い。
こうした繋がりの中で、現在と近未来、遠い将来を見据えた教育とは何か、機友会諸氏、諸先輩方よりご教示を頂ければ幸甚である。

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「機械科100周年記念式典関連」報告 -4/5 [明治維新胎動の地、萩]


創造理工学部総合機械工学科菅野重樹教授の論文、「実用化を目指した知能ロボット技術」の紹介
                                                    .by N.Hori 

機械の知能化やロボット技術は、生産システムなど多くの機械で使われています。これからは、生活支援やモビリテイといった人間に密接した機会にも応用されるでしょう

1985年のつくば科学万博で発表した鍵盤楽器演奏ロボットWABOT-2以来、人間とロボットとの関係、機械の巧緻性・知能化が研究の柱になっています。その後、これらの要素技術を生産システムなど実用的な機械へ応用すること、単独の機械だけでなく環境ごとロボット化することなど、研究領域を広げてきました。


1999年には、人間共存ロボットWENDYを発表しました。WENDYは人間から押されても柔らかく受け流すことができ、世界で初めて、しかも唯一、卵を割れる巧みさを備えたロボットでした。これを可能にした技術は、プログラムによる制御や知能ではなく、圧力調整が出来る指の形状設計にあります。


機械の機能、知能を考える時に、いかに「形」が重要かを示している典型例です。このWENDYを進歩させたのが2007年に発表したTWENDY-ONEです。人間を支えることが可能な十分な力を出せるのと同時にきわめて巧みであり、さらに安全に人間に追従する「柔らかさ」を有し、安定を維持しつつ全方向への移動が可能なモビリテイも備えています。


TWENDY―ONEは人間共存としての機能を現在の技術で最大限発揮できるように、7年間にわたる企業との共同研究開発により達成した成果です。TWENDY-ONEは、世界で真に人間共存ロボットと呼べる最初のプロトタイプだと言えます。これからは、実証実験を重ねて、実用化に向けた必要なスペックを追求することが課題です。

一方、人間を究極の機械とみなし、機械がどこまで人間に近づくかを考えることは、古来からの人間の夢でもあり、崇高なそしてライフワークともなる研究課題です。


今日の機械技術とコンピュータ技術との結びつきを基に、生命的な発想での機械設計は、単なる機械設計の方法論探求に留まらず、人間の心や感情そして知能の本質を探究する学際的な分野です。そのためにWAMOEBA(早稲田のアメーバの意味)ロボットシリーズの研究を行っています。自己保存や好奇心といった生命の本質と機械設計を結び付け、知能や感情の発生を明らかにすることが研究課題です。


これらの要素技術を応用することで、最近では、農業ロボットや双腕建設機械の知能化にも取り組んでいます。それらの研究の基本は「ものづくり」そして「動かなければ意味が無い」にあります。最先端でありながら実際の役に立つ実用的な機械システムの設計論を確立することを目指しています。

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「機械科100周年記念式典関連」報告 -3/5 [明治維新胎動の地、萩]


「基幹理工学部機械科学・航空学科富岡淳教授のビジョン」の紹介

 
                                                 
.by N.Hori

記念誌に富岡教授が「早稲田大学教旨をベースとした研究室運営」をこれからの100年の研究室ビジョンとして書かれています。 

これからの100年の研究室ビジョン」を書いてください、と言われてハタと困った。100年後に生きているとは思えないし、ましてや私の研究室は確実に存在しない。解釈を広げて、100年後の後輩先生方への伝言にしようかとも思ったが、そんなことを言えるほど私は偉くない。そんな中、100年前の人たちは、100年後の大学のビジョンをどのように考えていたのか気になり、調べてみた。


今から約100年前の1913年、早稲田大学は創立30周年を迎える。その記念式典において、大隈候は式辞として、今後の早稲田大学のあるべき姿を語る。その内容が「早稲田大学教旨」の原型となったことは有名な話である。「教旨の碑」は、大学の各キャンパスの正門近くに建てられている。早稲田大学教旨の内容をまとめると、「学問の独立、学問の活用、模範国民の造就」である。これは100年前の言葉であるが、今でも全く陳腐化していない。むしろ、私のこれからの研究室ビジョンとしてふさわしいのではないかと思い至った。


具体的には以下の通りである。

学問の独立:
明治14年の政変で政界を追われた大隈候がその直後に早稲田大学の前身である東京専門学校を作る。当時の世の中では、東京専門学校は、大隈候の政治的思想を吹き込むための養成学校と思われたが、大隈候は政治と学問を完全に分離し、そのようなことをしなかった。そのような大隈候の言葉であるからこそ、この言葉には重みがある。研究とは、


基本的にはすべてのことから独立している必要がある。その中から独創的な研究が生まれると思う。私の研究室もそれを目指したい。


学問の活用:
机の上だけの学問では意味がない。社会の役に立ってこそ学問である。自分の研究室の研究が、社会にどのように貢献できるのかを考えていきたい。


模範国民の造就:
今風の言葉でいえば、模範国民とはリーダーを意味するのであろう。リーダーとは人より一歩先を歩む人であろうか。ただ知識が多いだけではリーダーにはなれない。研究室としてどのように運営すれば、将来のリーダーを作ることができるのかを考えていきたい。


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「機械科100周年式典関連」報告 -2/5 [明治維新胎動の地、萩]


「式辞・機友会会長・河合素直教授」の紹介

                   
                      by N.Hori


明治15年、東京専門学校の開校と同時に、8名の入学者により理学科が発足したのは大隈候が工学の重要性を強く認識していたからです。まだ工業の無い我が国に工学部などいらないとの世評に中で、大隈さんには先見の明がありました。最初は失敗しましたが、創立25周年に念願の理工科、機械学科と電気学科の二つが発足致しました。
 

日本は日露戦争を経て工業の発展期を迎え、工学の隆盛を重ね、今日を迎えました。この先見性に感謝せねばなりません。本学機械工学科を卒業されて母校の教員として山内、師岡、伊原先生らが学科の発展に大きく貢献され、卒業生が社会で大きな活躍をされ高い評価を得るようになりました。週刊ダイヤモンドの「役に立つ大学」では、毎年文系・理系ともトップを占めています。卒業生の活躍が大学の大きな評価となり、それが名声を作りあげるのです。卒業生のご活躍に心より感謝申し上げます。


さて、人口減少社会、高度成長から低成長期へとの移り変わりに、我々がその事態をあらためて認識し、仕組みを設計し直すことが求められております。震災や環境問題では今までとは異なった新しい展望が求められ、持続可能な社会、成長の限界を考えた上で舵取りをする必要にせまられています。原子力についても、脱原発から天然ガスへの発想は限界を迎えています。個人として、組織として新しい観点から考え、工学技術に期待される役割の変化を考えるべきでしょう。


大学の学習要項も「豊かな社会の実現」から「社会と工学技術との関連」をもっと深く考え直すべきでしょう。
早稲田大学の教旨にある「学問の活用」について、これからどう考えるか、「若者が育つ場」をどのように充実するか、課題は山積していますが、今後の100年の意味を考えながら、両学科が大きく飛躍して行くことを期待しております。


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「機械科100周年式典関連」報告 -1/5 [明治維新胎動の地、萩]


「祝辞・奥島元総長」の要旨紹介
                        by N.Hori

100周年おめでとうございます。理工科は1882年東京専門学校設立当初から、米国で天文学を学んだ大隈英磨校長のもと理学科が創設されましたが、初年度に8人、次年度に応募者なく、財政的にも困窮し頓挫してしまいました。


再出発では小野梓先生も大変ご尽力され、明治41年創立25周年で初代の学科長・坂田貞一を迎え理工科を創設しました。小野梓と同じ土佐宿毛の竹内明太郎氏は土佐藩士竹内綱の息子で戦後の総理大臣吉田茂の実兄でもあります。
唐津で財をなし、現在の小松製作所(コマツ)の創業者でもあります。彼は私財を投げうって工学教育に尽力し、高知に工業高校を作り、ゆくゆくは大学をと思っていましたが、早稲田大学が理工科創設で苦労をしていると知り、資金のみならず用意していた教授陣も提供し、自分の夢を早稲田大学に託しました。


坂本嘉冶馬氏は同郷の小野梓に師事、早稲田大学を物心両面から支えました。宿毛が産んだこの3名をたたえて宿毛市に「小野梓記念公園」を早稲田大学が寄付致しました。
また、125周年では、大隈講堂と並ぶ場所に小野梓記念講堂を移しました。

次に23年間にわたり理工学部長をしていただいた山本忠興先生について触れさせていただきます。彼は理工学部に、石油燃料学科、航空機学科も設立し、200人以上を教育致しました。
 

東大の有馬朗人元学長から「建学の3大教旨のような公式の文書で独創性を謳ったのは早稲田が初めて」と言われました。

またロボットの加藤一郎先生から「独創は独走なり」と聞いておりました。
「学問の活用」は早稲田がはじめて教旨としました。これは社会に貢献するという意味であり、理工はこれを既に実践しております。


大学の使命は希望を世の中に与えることであります。日本には資源がない、あるのは人的資源のみです。人的資源は若者であります。「若者に希望を!」

ご清聴ありがとうございました。


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早稲田大学・機械工学科・機友会創設100周年記念式典 [明治維新胎動の地、萩]

                                                            By N.Hori



昨年11月26日、少し遅くなりましたが、同期生の出席が少なかったことと、「ぼくあずさ」さんのお申し付けですので、書くことにします。
機友会(機械工学科の教職員、在学生、OBの同窓会)のホームページに事務局の報告が出ていますので、参考にしました。


大隈講堂.JPG機械工学科は1908年9月に創設され、機友会は1913年11月に創設され、それぞれ約100周年を迎えるので、2011年11月28日に両者の100周年記念式典が大隈講堂で開かれ、その後、大隈庭園内の「リーガロイアルホテル」で懇親会が開かれました。

記念式典では、機友会会長の河合素直教授の式辞、富岡淳・基幹理工学部機械科学・航空学科・学科主任、菅野重樹・創造理工学部総合機械工学科・学科主任の式辞に続いて、奥島元総長の祝辞「これまでの100年、これからの100年」、東芝・佐々木則夫社長(機械工学科昭和47年卒業)の祝辞、橋本周司副総長の祝辞を頂きました。


同期の昭和36年卒業生は、100周年の記念すべきイベントに、残念ながら、浅尾さん、内藤さんと私の3人だけの出席で寂しかったです


斉藤先生.JPGその後の懇親会では、浅尾さんが都合で欠席となり、内藤さんと2人だけの出席になりました。学生時代の先生にもお会いでき、久しぶりに懐かしい同窓生(台湾で仕事に世話になった)にも会って楽しい会でした。左の写真は斎藤先生のご挨拶。

林先生、NH.JPG林先生、内藤さん、.JPG内藤さん、鄭さん.JPG



 

写真左より、林先生と私、林先生と内藤さん、鄭さんと内藤さん。鄭さんは台湾からの留学生で、父子とも機械工学科OBで、我々の後輩です。父は台湾機友会の会長をされています

100周年というと、我々は卒業50年を超えていますので、丁度機械工学科の歴史の半分の時期に在学したことを再認識しました。

今年の秋の36年卒同期会は、私が以前から提案していた「大学のホームカミングデイの日に開くこと」が決まりましたので、機友会の懇親会にも出席して、春の同期会と同様に、多くの仲間が参加して、36年卒の団結力を見せましょう。

また、我々も古希を過ぎていますので、同期の倉本さんが提唱(「私は片足を棺桶に入れているので、同期生と年に何回か会いたい」)していた通り、同期会は春、秋の年に2回は開催することを恒例にしましょう。


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さいたま市のさくら草自生地散策 [明治維新胎動の地、萩]

                  By N.Hori



  今日、4月19日は3時頃まで晴れそうな天気予報だったので、例によって昼食後に思い立って家内と一緒にJR線で西川口から2駅の南浦和乗り換えで2駅の「西浦和」に近い「田島の桜草の自生地」の散策に出かけました。着いたころには日照は薄くなり、曇りになりましたが、何とか帰宅まで雨に会わなくて済みました。


ノウルシ.JPG田島ケ原は荒川の河川敷で,ノウルシ(左の写真)、チョウジソウ、スイバ、ヒキノカサ、カラスノエンドウ、カキドウシ、イ、オギなど約250種の野草の宝庫とのことですが、大正9年(1920)に指定された天然記念物の日本古来のサクラソウの自生地(約4.1ha)でサクラソウ.JPGすから、原種を維持することに苦労しているようです。

今、サクラソウまつりを開いており、自生地を守る会のボランテイアガイドが説明してくれました。配布された資料によると、
サクラソウは約150万株があるそうですが、花が咲くの田島ケ原.JPGは30%と言われるので、約50万株だと思いますが、高い所から見ると、黄緑色のノウルシが群生している中に、桃色のサクラソウが点在している感じに見えます。




サクラソウには沢山の園芸品種があるそうですが、そのもとになるのが田島ケ原の原種だそうです。


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「鎌倉散策へ行きました」(2012/4/15) [明治維新胎動の地、萩]

                  By N.Hori

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 今日までは暖かい日が続くという予報だったので「桜を見るには遅いな」と思いながら、急に思い立ち、家内と一緒に鎌倉の鶴岡八幡宮の東側の寺社の散策に出かけました。「赤羽」で「湘南新宿線・逗子行き」に乗り換えて、直行76分、12時前に鎌倉駅に着きました。

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④番乗場「大塔宮行」のバスに乗り、大塔(鎌倉)宮を参拝し、まず、初めての「瑞泉寺」の庭園を見に行きました。.

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至る所、花ダイコン(諸葛菜)の青い色が満開で、新緑のモミジやモクレン、真紅の鮮やかなシャクナゲも綺麗でした。秋の紅葉の見事さが予想されます。門前の蕎麦屋で「トロロセイロ」を食べ、太塔宮に戻り、近くの日本三古天神(九州・大宰府、京都・北野)といわれる小さな「荏垣天神社」を参拝して、鶴岡八幡宮を参拝しようと思ったら、流鏑馬が行われていて、交通規制で、珍しい流鏑馬を垣間見ながら人ごみにもまれながら遠回りして参拝を済ませて、小町通りの商店街をひやかして、土産を買って帰途につきました。


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