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CBTC(無線列車制御) -3/3 [和田の泊りより]


21世紀に入り伝送技術の発達のお陰で出てきたのがCBTCでその名前の通りCommunication-based Train Control で地上と車上間を双方向通信で結び列車を安全に制御するシステムです。
通信の手段や方式は決まったものはありませんが、地上局と車上アンテナとの間でデジタル伝送を行うことにより列車の位置確認、先行列車との距離の確認、これに基づくブレーキ制御等の情報の授受を行うことにより列車の保安ならびに運転制御を行うもので、上述の固定された閉塞区間の代わりに自由度の高い列車間隔を設定できるので列車密度を上げることが可能となり、輸送能力を上げることが出来ます。


先行列車との距離が近づいたり速度制限が必要になるとその情報が車両に送られ、車上では先行列車の後方に仮想停止目標を設定したブレーキパターン (日本語ではPattern と呼んでいるのですが英語ではProfileです。丁度飛行場で着陸機に対しGlide Slope を照射しているような感じでこれから逸脱すれば自動的に速度が調整される)を発生させ若し列車速度がその速度を上回っていればブレーキを掛けて速度を落とすと言う制御が行われます。
勿論、安全だけではなく、上記の路側設備も大がかりなものが不要となるので費用も節減出来るメリットもあります。

現状では欧米では実用化に近いものがかなり作られており、世界各国の地下鉄にも導入されていますが未だ全面的に採用と言うところまでは行っていないように思います。(最近の技術の進歩は速いので、こちらの頭が追い付いていないかもしれませんが) そしてリスクとしては通信伝送によっていますので、通信の遮断(何れかの列車との)、或いはサイバーアタックなどがあればダウンしてしまいます。勿論多重系のバックアップシステムは当然採られている筈ですが。


以上かなり端折って書いたので判り難いかとも思いますが一番原理的な事だけを書いてみました。
                      月川@神戸


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CBTC(無線列車制御) -2/3 [和田の泊りより]

                          

元々鉄道の信号と言うのは線路を一定区間ごとに区切り(この区間を閉塞区間と呼びます。-英語ではBlock-。この区間の長さや配置はその路線の車両性能や最高速度、時隔などによって最適化されて決定されており、もしそれらを変更するとすれば地上設備を大規模に改良する必要がありこれには多大な時間と手間、費用が掛かる。

単線区間では停車場と停車場、或いは列車が行き違うことのできる信号場と停車場間が一閉塞区間となります。) 一閉塞区間には一列車以上は入らないということを原則として安全を図っています。
 

そしてこの区間に列車が居ることは左右の線路を車輪・車軸で短絡することにより検知しています。この結果を信号として線路際の所謂信号機に現示したり、或いは車上の信号機に表示し、さらにはATCと言う形で自動列車停止も行うことが出来ます。この為の地上設備は色々な物が必要となり、設備費用、また保守費用も大がかりなものとなります。この方式は閉塞区間が線路により決まってしまう為、固定閉塞と呼ばれます。又上述のように閉塞区間の長さは運転条件が劣る例えば貨物列車のような列車に対応出来るような長さとなっている為、列車密度が高い通勤列車にとっては運輸効率が良くない。
 

そこでこの問題を解決するために先行列車の最後尾と後続列車の最前部の間を一閉塞区間とする方式が考えられ、この区間の両端は移動しているので移動閉塞と呼ばれています。ただ問題は両者の間にカーブや勾配・トンネルなどが存在している先行列車と後続列車の間の正確な距離をリアルタイムで検知する方法が難しい為中々実用化されませんでした。GPSの使用なども考えられないことは無いのですがトンネルなどがあると使えません。
                                       
  月川@神戸
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CBTC(無線列車制御) -1/3 [和田の泊りより]


西島さん


書いてみて一寸首を捻ったのは、JR東ではATACSと称する移動閉塞式信号システムを既に開発し震災の為に使用開始は遅れたのですが仙石線で使用を開始し、さらに首都圏にも導入する計画があったと思うのですがが、何故、ここで常磐線の各駅停車に新規のCBTCを入れることになったかが謎です。

それも国際入札の形をとっているようです。
ヨーロッパ勢によるヨーロッパシステムCBTCの国際規格化に対抗するための手段なのでしょうか。
                    月川@神戸


月川さん

おはようございます。
読売朝刊にCBTCを常磐線に先行実用化する記事が掲載されました。
http://dorflueren.blog.so-net.ne.jp/2012-07-16-2


ついては、ご専門の貴兄にブログ原稿の執筆をお願いしたい。
先ずはお願いまで。

Viele Gruesse,
Nishijima


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中国駆け足旅行 コメント -2/2 [和田の泊りより]



l  展示されているパシナ型蒸気機関車の塗装色に違和感があり、月川さんにお尋ねしたら、当時のカラー写真がなくて明確ではないが、濃い藍色であったとのこと。
写真で観る青色は、中国では葬式の色であろうと察し、日本が経営した満鉄とその機関車への中国人が持つ嫌悪感が示されていると感じ取りました。私だけの偏見かもしれませんが。それとも、余っていた塗料を塗っただけなのか。

by 村尾鐵男
(2012-07-02 07:14)
 

確かに違和感はありますが余り深い事情はないようで適当な色を塗ったというだけのようです。大連にあるパシナはチャコールグレイに塗られています。葬式までは考えていないように思いますが。(勤め先に温州生まれの中国人がいるのですが彼に聞いても葬式の色は黒だと言っています。)

                                        月川@神戸

Ø   

l  月川さんの「駆け足中国旅行」記を読み直し、「国貿促」の名を発見しました。日本国際貿易促進協会、もう解散しているのかと思い込んでいたのですが、まだ存続していました。会長は河野洋平です。
by 村尾鐵男 (2012-07-02 08:25) 




ただ「国貿促」とだけ書いたので勘違いされたかも知れませんが、我々が会ったのは正しくは「中国国際貿易促進委員会遼寧省分会」の面々で日本のそれとは直接関係は無いようです。全く無縁でも無いとは思いますが。

                                        月川@神戸
 


l  改めて最初の鉄橋の写真をよく見ると、鴨緑江の水面と鉄橋の間が何とも短かいです。増水時に鉄橋が水で洗われるたり、水没することもあるでしょう。
by
村尾鐵男 (2012-07-02 15:40) 



将軍様の鉄橋.jpgØ 
前回お送りした写真は遠景だったのと鉄橋が大きいのでそう見えたかもしれませんが実際にはかなりの高さがあります。(添付写真参照方) 



鴨緑江断橋.jpg鴨緑江断橋(トラス橋)は元々の橋で朝鮮戦争の際、米軍が中共の支援を断つ為に爆撃して中断したもので現在は歩道設備が出来て川の途中まで歩いて北鮮を見る見晴らし台になっています。川岸の歩道を跨いでいますのでこの橋の高さまで水が来ると大変なことになります。
 
                                                                   月川@神戸

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中国駆け足旅行 コメント -1/2 [和田の泊りより]



村尾さんのコメントに対するコメント返し


l  
昭和16年に北京へ行った折は天津で上陸して汽車で北京まで、昭和19年に帰国するときは北京から大連まで汽車でした。
勿論総てを覚えているはずはいないのですが、汽車が汽笛ではなくて、大きな釣鐘を鳴らしながら疾駆したことは覚えています。
地平線を紅に染める夕日、遮るものが何もない大平原、鐘をゆっくりと連打して走る汽車。TVドラマでも再現されない昔の風景です。
あの天津・北京、北京・大連を結ぶ鉄道は満鉄の支線だったのか、それとも別の線か、今は思い出せません。by
村尾鐵男
(2012-07-03 08:27) 



Ø  
旧満鉄の地図があったので添付します。

 1.jpg        
2.jpg






4.jpg3.jpg
出典は「日本鉄道旅行地図帳(新潮社版)」です。クリックで地図を表示、更クリック

で拡大します。




これを眺めながら昔を思い出して下さい。往きの天津(塘沽碼頭上陸?)から北京迄は京山幹線一本道ですが、帰りは北京から奉天迄行ったのか、あるいは手前でバイパスして大連へ出たのか判りませんね。

鐘を鳴らしながら走ったとのことですが、米国では今でも機関車牽引の客車列車は駅に近付くと鐘を鳴らします。西部劇の頃の名残でしょうね。満鉄も設計陣は米国で勉強した人が多かったようで米国の影響が大きかったと思います。
     
                                           
 
月川@神戸


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中国駆け足旅行記 -3/3 [和田の泊りより]



6/20(
水) 朝6時過ぎにチェックアウトし、瀋陽空港よりCZ611便で関空まで。午後神戸に帰着。

バスに乗り詰めのツアだったのでかなり応えた。

中国の印象と言っても駆け足旅行、それも遼寧省に限られた旅行だったので、纏まったものは無いのですが、未だ活気はあるように思います。何処の都市に行っても建設中の高層ビル(主として住宅)が林立しています。ただその中には途中で腰砕けになってそのまま放置されているものも幾つか見受けられたのでバブルもピークに近づいているのかなとも思えます。

接触事故.jpgそれと自動車がやたらと増えていてその分銀輪部隊が減ったようにも思われますが、交通マナーの悪さは相変わらずで、こちらの乗ったバスが交叉点で急ブレーキを掛けたので何事かと思ったら大型トレーラーが直進車の前を横切って左折して行きました。全て、わが道を往く中国流です。

鶴大高速路の服務区.jpg高速道路もかなり整備されて来たようでバス旅行も楽になって来ましたが、ただサービスエリア(服務区)が少ないのでトイレで苦労します。
例の薄 熙来が整備したという大連の市街もそれ程綺麗になったとは感じませんでした。
それともう一つ空気が汚ない。添付写真でも判るかと思いますが靄でも、黄砂でもない矢張りスモッグなのでしょうか全体にかすんでいる感じです。急成長をするとどうしても環境対策が後回しになるのでしょうか。今回も大連から瀋陽迄新幹線で行く予定だったのですが、こちらは事故の後遺症で減速されてしまったので未だ運転開始には至らず今年末開業予定とのこと。その為に瀋陽北駅は新幹線乗り入れの為の工事中でした。
                   
                                         月川@神戸
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中国駆け足旅行記 -2/3 [和田の泊りより]


金正日も渡った鉄橋.jpg北鮮の造船所?a.jpg6/18(
月) 8時半から30分の鴨緑江クルーズ。将軍様が中国へ行くときに列車で渡る鐵橋の下をくぐって北朝鮮側河岸近くまで。船上で北朝鮮の紙幣を土産物として売っている。100010050ウォンの3枚一組で10元。これでも商売になるのだろうからタダみたいなもの。北朝鮮川岸には造船所的なものも見えるが殆ど活動していない。また住宅も見えるが人は住んでいないようだ。

虎山長城狼煙台.jpg北鮮との国境.jpgこの後、虎山長城に行く。これは10年ほど前に発見された明時代の長城で、従来万里の長城の東端とされていた山海関から更に東へ延びたもので6/8付けのブログで村尾さんが紹介されているものの一部です。北朝鮮が中国に入り込んでおりその距離僅か一跨ぎの部分もある。

本渓水洞入口a.jpg本渓鍾乳洞.jpg本渓水洞.jpg 




民族衣装で記念撮影a.jpgここからまたバスで約3時間北上し、本渓に赴く。
ここの水洞は水を湛えた鍾乳洞で電動ボートで2800m、約20分のクルーズ。洞内は四季を通じて気温12℃、合羽兼防寒着に身を包み、巨大な天然の彫刻に圧倒される。夕刻、瀋陽着。国貿促との会食。
     

満鉄パシナa.jpgボンバルディアベースの新幹線車両.jpg6/19(
火) 瀋陽郊外の蘇家屯にある瀋陽鐵路陳列館に行きお目当ての満鉄あじあ号を牽引したパシナと3年越しのご対面がやっと叶う。今年も尖閣列島問題等もあり日本人には見せないなどと言う横槍も入ったようだがなんとかなった。ほかにボンバルディア製を改良して360/h走行を可能にしたと言うCRH3型新幹線車両も展示されていた。

博覧園に勢ぞろいした蒸機群.jpg ああ午後、瀋陽市の北隣にある鉄嶺市の招待で調兵山と言う処にある蒸気机車博覧園にゆく。ここはローカルな施設であるが昔石炭列車を牽引した蒸気機関車が20両ほど良好な状態で保存されていた。この辺りは鉄と石炭の産地で鉄煤地区と呼ばれている。


瀋陽市内.jpg瀋陽北駅.jpgその後鉄嶺市中心部迄行ったが、ここは2007年から遷都を開始し全く中国とは思えない空気も綺麗な清潔な新しい街が出現していた。ただこの高額なツケをどうやって取り戻すかが課題。日本との経済的な関係を結びたい様子。この後鉄嶺市の招宴で夕食。
                                                                      月川@神戸


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中国駆け足旅行記 -1/3 [和田の泊りより]



6/16~6/20
 43日の中国旅行に行って来ました。
( 安い飛行機に乗ろうと思うと夕方出発して、早朝帰国便になるので45日ではなく43日になってしまう)

6/16(
土) 関空~大連(泊)中国南方航空 CZ642便 A319

日俄監獄.jpg6/17(
日) 旅順 日俄監獄博物館見学
伊藤博文を暗殺した安重根の処刑地(例によって日本の悪逆非道振りが紹介されており面白くない)


注:中国語ではロシヤは「俄羅斯」と書かれるが、なぜ「オ」ロスなのか?日本でも江戸時代にはオロシヤと呼ばれていたので共通するものがあるがこの辺りご存じの方があれば教えて下さい。


村尾氏解説:「俄羅斯」ですが、中国人は周辺蛮族に鳥獣の名を付け、ロシア人には最初は「蛾」を当て「蛾羅斯」としたと、随分に前に台北の酒の席で教えられました。しかし、蛾にしては強すぎるので、同じ読みの「俄」に替えて敬意を表したそうです。日本語のオロシアはこの中国語の俄羅斯を起源とすると、何かで読みました。


旅順口のイージス艦?.jpg旅順港でイージス艦?の出港に出逢う。艦尾に国旗が掲揚されていないので何処の国の艦か判らない。



昼食後、マイクロバスで鶴大高速路(G11)を5時間走り、鴨緑江を挟んで北朝鮮と向き合う丹東に行く。


喜び組?.jpg平壌高麗館で夕食。喜び組?(歌舞組)の唱と舞踊ショウ付き。写真を撮ろうとしたら撮影禁止と制止される。



国境の街だけあってそこら中にハングルが溢れている。
   月川@神戸
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フライトレーダー [和田の泊りより]


村尾さん


或いは既にご存じかも知れませんが、
下記サイトで現在飛行中の航空機の情報が得られます。
 
 Flightradar24

 http://www.flightradar24.com/ 


画面を開いて飛行機にタッチすれば詳しい飛行情報が画面の左側に出て来ます。更に機体番号(Reg)をクリックすればその機体の過去の飛行履歴が出て来ます。

こんな物公開して保安上問題ないのかなあ。
             
                月川@神戸


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沖縄県営鉄道 [和田の泊りより]


村尾さん


沖縄にも戦前には沖縄県営鉄道があったのです。


与那原線(那覇~与那原)

嘉手納線(古波蔵~嘉手納)

糸満線 (国場~糸満)

いずれも762㍉狭軌鉄道でした。


戦災で駄目になった上に米軍が全て撤去してしまったそうです。
その後復活させる話は何回か出たそうですが結局モータリゼーションに負けて道路整備になったそうですが道路も結構混雑しているようで鉄道の見直しも行われているようです。


モノレールの「ゆいレール」も建設が比較的容易と言うことでお茶を濁した様ですが利用率は悪くないとのことです。
観光客が目当てかも知れませんがアセスメントの結果が見たいものです。
                             
                                     月川@神戸



沖縄の鉄道建設 [稲門機械屋倶楽部]
http://dorflueren.blog.so-net.ne.jp/2012-05-12-3
ゆいレール 沖縄モノレール
http://www.youtube.com/watch?v=8E70luQxsvo&feature=fvwrel


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城の駅 [和田の泊りより]


皆さん
古い資料を見つけ出したので関連するページを添付します。
jpegでないので掲載不能)
出典は昭和39年発行の[趣味の駅名事典」です。何分古い本なので昨日のメールでも書いたようにかなりの変化があります。

又城の文字はありますが城郭と関係があるのか或いは単なる地名なのか迄は分かりません。(村尾さんからの問いで都とか安と言う城が有ったのかと言うことですがどちらかと言えば大都市の意味ではないかと言う気がするのですが)


一応、存否をチェックしましたが無くなったのは廃線になった為自然消滅したものが殆どです。

廃線によるもの
  豊城    宮内線 北海道
  宮之城   宮之城線 鹿児島
  新城    古江線 鹿児島
  頼城    三井芦別
  天城    下津ヰ電鉄
  城山    釧路臨港鉄道


なぜこんな駅名が出てきたのか判らないがこの駅は昭和5年に廃駅になっている。
  方城    伊田線 福岡

又、線名が三セクになった為に変わったものとして
富山港線   富山ライトレール
鹿児島本線(一部)  肥薩おれんじ鉄道
信越本線   しなの鉄道
があります。

又ここに記載されていない駅として
東城(とうじょう)  芸備線 広島
平城(へいじょう) 近鉄京都線
北安城         名鉄西尾線

城下(岡山城)   岡山電軌
熊本城前  熊本市電  
大阪城公園があります。
又京王線の平山城址公園も漏れていますがこれも加えるべきでしょう。

それと五稜郭等も城の文字はありませんが、甲斐さんの定義から行くと加えるべきかなと思います。

もう少し時間をかければもっとあるのでしょうが、取敢えず手許の資料をお送りします。
                       
                 月川@神戸


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須磨歴史散歩:那須與市宗高 -3/3 [和田の泊りより]


この御利益でこの墓を参り、下着に御朱印を戴いて申の日に身に付けると歳をとっても下の世話にならないで済むと言う言い伝えがあり、毎月七日の命日にはお参りする老人が多い。

 

那須與市墓所.jpg那須の與市墓所.jpg

墓所の近くには与一が信仰したとされる北向八幡宮と地元の人たちが与一を祀った那須神社(写真左下)がある。.
尚、正式の墓所は京都市の促那須神社.jpg毘沙門山妙法寺.jpg成院となっており、また那須氏では菩提寺玄性寺(栃木県大田原市)を本墓としている。

本日午前中、妙法寺(写真右下)一帯を歩いて来た。
                                     月川@神戸


月川さん:


在原行平に引続き今回は那須与一、読んで楽しめ、添付写真も素晴らしい歴史散策記をありがとうございます。あまりに詳しいので与一と同一世代で晩年まで付き合ってた方のようです。


語り口の調子が良くチョッとした講談を聴いた思いです。お蔭で那須与一を小生なりに偲んでいます...

ご朱印ある白い下着を申の日着用の事とし売り出しては如何でしょう...
巣鴨の赤パンツと東西で紅白霊験を競うと競うのもオモロイかもネ...


那須余市の戦功
http://www.ibara.ne.jp/~i-nakani/senkou.html 


このサイトでは、那須与一の長兄に森田太郎なる名があります。

小生森田家は関連あるかも...と昔云って呉れた友人がいました。

(偶然に、小生長男の名が太 郎です。)


--

森田 和夫


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都立庭園博物館: 八田 與一展 [和田の泊りより]


皆さん


森田さんの情報で八田與一展があるそうですが
東京なので残念ながら一寸出掛けられません。


処で本58日は彼の命日で台湾の烏山頭水庫では盛大に慰霊祭が行われているものと思います。残念ながら台湾の人たちの方が彼の遺徳を慕って毎年慰霊祭を行って呉れるのですが、日本では教科書に載ることは勿論、名前を知る人すら少ないでしょう。皆さんも出来るだけ展示会に行って彼の遺徳を日本人にも知らしめてください。

                                                              月川@神戸



八田 與一

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%94%B0%E8%88%87%E4%B8%80 

烏山頭

http://www.a-eda.net/asia/hatta1.html 


皆さんへ ・・・ 5/08 12:50 村尾


森田さんが報せてくれた「八田與一展」は下記の要領で開催されます。

場所: 台北駐日経済文化代表處公邸一階 「芸文サロン」
     JR目黒駅より白金方向へ徒歩15分ほどの左側。
 
     都立庭園博物館の白金台側の隣り。
開催日:59日より24日まで。10時より16時まで開館。
     但し、土、日は休館。
            10日と15日は、1130分より14時の間は休館。
入場料:無料


私は行けるかどうか未だ判りませんが、森田さんが行かれるなら、先に「八田與一展」へ行く予定をお報せ下さい。同道が可能か否か判りませんが、出来る限り合わせます。


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須磨歴史散歩:那須與市宗高 -2/3 [和田の泊りより]


吉川英治の新平家物語によれば、宗高はこのあと遅れて屋島に駆け付けた梶原景時に座興に命を掛けたとして叱責され謹慎させられます。

しかし朝廷からは五カ国の荘園を賜るのですが頼朝はこれらを没収し改めて自らの名前で五カ国の荘園を与え 那須野総領とします。


因みに与一と言う名前ですがこれは十一の意味で那須資隆の十一男にあたり十男の兄十郎之隆と二人は源氏についたが他の9人は平家に味方した為に与一が家督を継ぐことになった。これはどちらが負けても家門が残る一種のヘッジであり当時は割と行われていたようです。


そののち梶原景時の讒言により越後に配流されます。

しかし頼朝没後、梶原景時も討伐され本国に帰参します。

そして暫くして病に罹り、那須家の相続を兄之隆に譲り34歳で剃髪して法然の門にはいる。(34歳で没したという説もあるが義経に従ったため頼朝に疎まれ身を隠したと言う)法号禅海宗悟と改め病身をおして源平将士の菩提を弔うために西国の社寺を参拝して回った。


北向き八幡宮.jpg北向八幡宮.jpg北向八幡宮 (2).jpg




折しも北向八幡宮に参詣され暫くの滞在中に病が重くなりついに体の自由がきかなくなり、現在の墓所の念仏堂を病床として村人が昼夜を分かたず手厚く看病したにも拘わらず薬石効なくついに亡くなられた。


その臨終の際に「自分は今日まで皆々様に長々と篤い看護をして頂きながらも、その御恩に報いることなく永の別れをするのは誠に残念。自分が死んだ後は報恩謝徳の為に必ず、あなた方がこのような難病に掛からぬようお守り致します」と約束されて穏やかに大往生を遂げられたと言われています。

                                       月川@神戸


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須磨歴史散歩:那須與市宗高 -1/3 [和田の泊りより]


皆さんへ


GWも終わりに近づき、今日はまた天気が回復したので地下鉄の隣の駅のごく近場に出掛けました。

今日は那須與市宗高です。

源平合戦の屋島で見事、扇の的を射落とした話は有名ですが、それ以外の事は殆ど知られていません。ところが彼の縁の場所と墓所がごく近くにあったのです。


話は前回の義経の話とダブりますが義経一行が鵯越えから一の谷に向かう途中、鷲尾基春なる猟師に出逢い鉄拐山への道案内を求めるとこれより先は平家軍が固めているので一旦戻り白川村から近道があるのでそちらを案内すると言うことで落合山の峰を進行中(現在小生が住んでいる所も落合なので多分この辺り)一天俄かにかき曇り辺り一面霧に包まれ動くことも叶わなくなってしまった。


義経は「かかる時には神仏の助けを願うより外なし」と基春に尋ねると「これより八丁ほど東・妙法寺村に世にも稀な北向き八幡宮があり、位が高く小鳥でさえその上を飛び越すことが出来ない」と言う。


宗高は故郷に於いても八幡神社を信仰していたので北向き八幡と聞くや大地にひれ伏して祈願すると瞬く間に辺り一面晴れ渡り進むべき道が見えてきたので東へ向かい北向き八幡に参詣し厄除け守護のお守りを受けて兜に納め、戦場に臨み一の谷の戦いに勝利を得たのであった。(この辺り前回の田井畑厄除八幡の義経の祈願とダブるような気もするがルートとしては線上に乗るので別の話としておく)


そして屋島の源平対陣となり有名な扇の的の話になるのですが義経は最初、畠山重忠に「あの軍扇を射落とせ」と命じるのですが「もし射損じたならば、我が身の恥ならず、源氏の名を傷つける」として宗高を推挙する。宗高も同様、断るが義経は大いに怒り「鎌倉を出でしより、西国へ向はんとするものは、この義経の下知に背くべからず。


若し異論のあるものは早々鎌倉へ帰るべし」と声を荒げたので、重ねて辞するも悪しからんとて鵜黒の駒に打ち跨り海中に乗り入れるが、馬は関東馬の為に海に馴れておらず寄せ来る小波に驚き狂い足元が定まらず、狙い定める術が無かった。そこで宗高眼を閉じ心を鎮めて八幡宮に祈念し暫くして眼を開けてみると扇は静まったので矢をつがえ、ひょうと放つと狙いあやまたず見事扇を射落とすのですが、これから先話がおかしくなってきます。

                                                                        月川@神戸


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須磨歴史散歩:在原行平(中納言行平) -2/2 [和田の泊りより]


話が脱線しますが田井畑には「鷲尾」姓が多い。義経が一の谷を攻める際に道案内の猟師に鷲尾三郎を名乗らせたのが始まりだとか。


松風村雨の墓.jpg鏡の井.jpgここで「松風」「村雨」の墓及び彼女等が水鏡に使ったという「鏡の井」(名前は立派だが水面には枯れ草が浮いていてとても鏡になりそうもない、周囲は立派だがせめて水面だけでも綺麗にして欲しい)と義経腰掛の松を見る。(地元では”ほんがんさん”[判官さん]と呼ばれている)そして厄除八幡宮。総べての写真はクリックで拡大します。


多井畑厄神鳥居.jpgここの鳥居は石造りの立派なものがあったのですが例の阪神淡路大震災で倒壊してしまい。現在は木造のものに作り換えられている。参詣したのち再びバスに乗り、こんどは松風村雨堂に向かう。

松風村雨堂.jpg衣掛の松(三代目).jpg衣掛けの松.jpg 




立ち別れ.jpg旧和田岬灯台.jpg堂と言っても現在は普通の民家のようなもので庭内に縁の衣掛けの松、歌碑などがある。因みにこのあたりには稲葉町、松風町、村雨町、行平町、衣掛町など故事に縁の町名がある。
これらの町を歩いて最後は須磨の海岸に出て和田岬にあった旧灯台を移設したものをみて散歩の終わりにした。

                                                          月川@神戸


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須磨歴史散歩:在原行平(中納言行平) -1/2 [和田の泊りより]


ariharayukihira.jpg昨日は天気も良かったので近場の歴史めぐりをしました。

今回は在原行平です。

百人一首の「たち別れ いなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来む」 の作者で、美男子で有名な在原業平の兄です。


その彼が文徳天皇の勘気を蒙り須磨に配流されます。その時、汐汲みに出た田井畑(たいのはた)のむらおさの娘「もしほ」と「こふじ」と出会い、この二人を「松風」「村雨」と名付けて寵愛します。

のちに勘気がとけて都に帰る際に傍らの松の木に烏帽子・狩衣をかけて形見に残します。


上記の百人一首の詠は、任地であった因幡の国に下向する際の詠んだものというのが一般的ですが、この離別の際に詠んだものということにもなっています。

そののち松風・村雨姉妹は尼となって行平の旧居に庵を結んで彼を偲ぶのですが、この庵の跡が松風村雨堂として今も残っています。


地理的には田井畑は一の谷の北方3kmほどのところにありこの姉妹が汐汲みに出るには一寸遠い様な気もしますが或いは海女をしていたのかもしれません。


多井畑厄除八幡宮.jpgと言うことで一時間に一本しかないバスでまず田井畑に向かいます。田井畑には厄除八幡宮があり毎年初詣に往くところです。


義経腰掛の松.jpg源義経が一の谷の平家軍を攻める前にここで祈願し一休みしたと言うことで腰掛の松(左の写真)というのがあります。

                                     月川@神戸


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RE: 蒸気機関車の発電機 [和田の泊りより]


村尾さん


蒸気機関車については使用電力も前灯、運転室灯、標識灯位で、たかが知れていますのでUPSである小型の蒸気タービン発電機で十分です。車軸から回すと言っても発電機の取付スペースが無く、また停車時のバックアップ用のバッテリーもありません。


発電機を車軸で回していたのは、最近では殆ど見掛けることが無くなった旧型一般客車、或いは貨物列車の車掌車で、これは車軸からベルトで駆動していました。そしてバッテリーに蓄電し低速時、停車時にはこちらから給電していました。

発電機は勿論可逆式で、これも負荷は殆ど室内灯でした。


電車の場合はモーターを駆動する主回路と制御、照明、放送、空調などに使用される補助回路がありますが、補助回路に架線電圧をそのままかける訳に行きませんので降圧が必要ですが、以前は架線電流は直流だったのでトランスが使用できず電動発電機(Motor GeneratorMG)が使用されてきました。


取り付け位置は台車とは無関係に床下です。そして負荷にメンテが楽な三相交流モーターが使われるようになってからは(空調、機器冷却用ブロワー、空気圧縮機など)電動交流発電機Motor Alternator:MA)が使われるようになりました。
更に最近では半導体を使用したコンバータ(直流出力)やインバーター(交流出力)が自由に使えるようになり静止型補助電源装置として一般的に使用されています。名前も航空機と同様にAPU或いはAPSと呼ばれることが多くなっています。


村尾さんは覚えておいででしょうが、昔、地下鉄銀座線では駅の近くでポイントを通過するたびに室内灯が消えて代わりに小さな補助灯が点いていました。これは当時はMGも無くこれらの回路に第三軌條の600Vを直接使用していた為ですが、第三軌條のギャップを通過する度にこの様なことが起こっていました。


ついでながら気動車の場合は自動車と同様、ディーゼルエンジンに付属した発電機で発電していますが、空調等のように負荷が大きく、且、三相交流の場合には別にディーゼル発電セットを(DG)を設けています。客車の場合も同様にDGセットが搭載されています。

また、これも消滅しつつありますがブルートレインのように固定編成客車の場合は列車全体の電源を賄う大型DGを搭載した電源車が連結されています。

                          月川@神戸


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Re: ゴールデン・ウィーク前 -2/2 [和田の泊りより]



車中、高雄は初めてかと聞かれ新幹線の仕事で二年程居たことがあると言ったのですが,この「新幹線」が通じなかったようで旦那が「高鐵(ガオティエと発音する)」と助け舟を出して呉れて了解。

台湾の人の親切に触れて嬉しくなり雨の鬱陶しさも吹っ飛びました。


そして地下鉄に乗ったらすぐに若い女性が席から立って家内に席を譲って呉れ、そうしたら隣のもう一人の女性が私にも席を譲って呉れました。家内は「ありがとう」  
わたしは「謝々」と言って有り難く座らせて貰いました。


台湾では優先席を「博愛座」と言いますがそんなものが無くても誰でも年寄りと見れば直ぐに席を譲って呉れる土壌があり、まだ小学校にも上がっていないような子供でも、席を譲ることを知っています。


日本でも阪急電車が一時、この考えで優先席を止めたことがあったのですが効果なしということで再び優先席を設けたようです。どうも情けない話ですが。ただ日本でも何故か北海道だけは優先席のルールがキチンと守られていて少々混んでいても元気な人は優先席に座りません。誰が教育しているのか判りませんが。


以前、車椅子で海外旅行をした人の手記で読んだことがあるのですが、車椅子でタクシーに乗りトイレに行きたいと言ったら、運転手が車椅子ごと抱えてトイレに連れて行って呉れたとのことで、この人の感想でPhysicalなバリアは兎も角として本当のバリアは人の心の中に有る、こういう心の持ち主が居ればバリアなど問題ではないと書かれていました。何時だったか村尾さんが駅の勾配で車椅子で難儀している人を誰も助けて上げないので見るに見兼ねて押してあげたと言うメールを戴きましたが日本人の心のバリアはまだ中々取れないようです。


優先席に若いものが我が物顔に座っているのを良く見かけますが、歩道の段差は取り除くことが出来ても心のバリアフリーを達成するためにはやはり教育の力を借りなければならないと思うのですが今の日教組主導の教育ではそれもおぼつかないでしょうね。


と言うことで、最後はボヤキになってしまいましたが台湾の温かさに触れた嬉しい旅でした。

                                                月川@神戸


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Re: ゴールデン・ウィーク前 -1/2 [和田の泊りより]


森田さん、皆さん


JALのマイルが無効になるので、それを使って家内と娘夫婦の4人で、ゴールデンウィークで皆が動き出す前に高雄へ行って来ました。

今回は特に行きたい場所も無いし、家内が膝が痛いというので余り歩き回ることも出来ずただのんびりして来たというだけで特に御報告するようなこともない旅でした。


高雄では、旗津の灯台に行ってなかったのでそこへ上ったのと、翌日は雨だったので
美術館へ出掛けただけでした。写真も殆ど撮っていないので灯台からのものを少し添付します。

s120420 P1000884.jpg
日本では灯台は海上保安庁の所轄だと思いますが
台湾では税関がやっているようです。



s120420 P1000885.jpgs120420 P1000887.jpg
高雄灯台と
灯台より高雄港内及び市内を見る。ここは日本海軍の軍港でもあった。


s120421 P1000902.jpg
美術館(写真は入口)へはホテルからタクシーで行ったのは良かったのですが、帰る段になってタクシーを何処で捕まえたら良いのか判らず、案内所に行って片言の中国語で地下鉄の駅までタクシーに乗りたいのだけれども何処で乗れば良いのかと聞いた処大通りまで出れば良いとの答え、雨の中を大通りまで歩いて行くのも嫌だなと外を眺めていたら、若い夫婦ずれの奥さんが英語で「私たちは車があるので地下鉄の駅までで良かったら送って上げる」と声を掛けて呉れました。ご好意に甘えて乗せて貰うことにして近くの地下鉄まで送って貰いました。

                                                              月川@神戸


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乗車率と空気ばね -2/2 [和田の泊りより]

 Fw: 時々懇Apr02()2012

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甲斐さん

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なお空気ばねの制御は高さ調整弁(レべリングバルブ)と言う弁が床下にあり台車枠とはターンバックルのついたロッドで繋がれていますので殆どの車両で台車の側面に見えると思います。

また運転台に何故表示するのかはよく分かりませんが 検修時にキャリブレーションを行うなど他の使い道はあるのだと思います。

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この技術は特に日本だけのものではなく現在では世界的に使われています。話は細かくなりますが、鉄道車両では車輪とレールの間の摩擦力によって性能が決まるのでこの摩擦力をギリギリまで使うように制御しているのですがモータ出力、ブレーキ力がこの摩擦限界を超えると、空転・滑走と言った車輪を損ねる事象に繋がります。摩擦力は車両の重量(含む乗客)x摩擦係数ですから車両の重量の変化をチェックして空転・滑走が発生しないような出力を設定しているのです。

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ただ摩擦係数だけは天候など神様の所掌ですから制御出来ないのが泣き所ですが、それでも空転・滑走などと言うことが起これば瞬間的にモータ出力、ブレーキ力を弱めて対応するようにはしています。

            月川@神戸


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乗車率と空気ばね -1/2 [和田の泊りより]

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Fw: 時々懇Apr02()2012

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森田さん、甲斐さん

時々懇レポート有難うございました。

楽しく拝見しました。皆さんお元気そうで何よりです。

ところで甲斐さんのお訊ねですが、「乗車率」の検知は空気バネの圧力に依っています。

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空気ばねはバネですから第一の目的は衝撃・震動の緩和ですが、もう一つの役目は車体高さを一定に保つことなのです。つまり乗客が増えればバネですから当然撓んで車体が沈みます。そのときにこの沈下量を検出して空気圧を増し、車体の高さを元の位置に戻します。逆に乗客が減ればその分だけ車体が浮き上がるので今度は空気圧を減らして車体の高さを元の位置に戻します。(これは車体床面とホームの高さを揃えるバリアフリーの役にも立っています。)

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と言うことで空気ばねの内圧は乗客数に従って増減するので、これを電気信号に変換して乗車率なり、平均体重で割り算すれば人数としても表示出来ます。そして電気信号に換算するのは本来表示するためではなく加・減速度を乗客の多寡に関係なく一定に保つ制御を行うために使われているのです。

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つまりモーターの出力、ブレーキ力を一両毎に制御しています。甲斐さんがご覧になった先頭車と後尾車ではモーター電流、ブレーキ力が異なっているのです。

                             月川@神戸

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鉄道車輌の車高調整 [稲門機械屋倶楽部]

http://dorflueren.blog.so-net.ne.jp/2012-04-04


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金星-月-木星 直列 [和田の泊りより]

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120326 P1000639.JPG皆さん昨夜(3月26日)8時頃、西の空で金星ー月ー木星が直列に並ぶ現象が見られました。写真を撮りましたので添付します。気が付くのが一寸遅かったので一番下の木星の位置が若干ずれていますが、ほぼ一直線です。次は813日に今度は東の空でペルセウス座流星群と一緒に見られるそうです。                  写真はクリック下さい。拡大します。       

月川@神戸

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月川さんへ ・・・ 3/27 21:10 村尾.

金星・月・木星の直列写真を拝見しました。実は、昨夜の同じ時刻頃、私の家から町内会館へ向って歩いていたのですが、この道は西へ向っていて、月がよく見え、その真っ直ぐ上に明るい星がありました。多分、金星だろうと思ったのですが、その下方に木星があるとは想像もせず、しかも最近は眼が悪く、特に夕刻以降の視力低下もあって、珍しい光景を見逃しました。


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鉄道車両の転向 -2/2 [和田の泊りより]

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村尾さん、森田さん

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SCAN5256-1.jpgまたまた話が広がって行くのですが今までの話とご両所から頂いた話を左図の様に纏めてみました。

図はクリックで拡大します

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原理的には蛇窪回しも塚口回しも森田さんの”Y" 字方式(仮にアリゾナ方式と呼びます)と同じです。

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そして転車台方式ですがこれには行き止まり線から機関車を逃がす為の機回り線と称する側線がもう一本必要です。上野駅の地上線の様な行き止まり線には必ずこの線が付いています。機関車を先頭に入線して来た列車から機関車を切り離し、転車台の有無は別として列車の反対側のエンドへ機関車を繋ぎかえる必要があります。

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日本やアメリカのように自動連結器を採用している国では解結作業も簡単ですがヨ―ロッパのようにねじ式連結器(フック付の鎖を相手に引掛けターンバックルで締め上げる)を使っている鉄道では二度解結作業を行うのは結構手間が掛かります。

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アリゾナ方式では土地は必要ですが折り返し作業は非常に簡単です。特に展望車とか車掌車など列車の最後尾に来るべき車輛が決まっている場合は絶対に必要でしょう。

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上野駅も最近では電車列車が殆どでこの様な風景も余り見ることができませんが客車列車の場合、尾久迄の回送は機関車を付け替えたりせずに先頭に簡易ブレーキ装置を持った見張り人を置き推進運転で行っていました。

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また、新幹線が出来るまでは東京駅でも長距離列車の発着は一番八重洲口寄りの15番線でしたがその外にホームの無い16番線と言う機回り線があり列車が東京駅に到着するとすぐに機関車を切り離して神田方に逃がし16番線を通して品川方に回していました。今では夢のような話ですが。

                                 月川@神戸


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鉄道車両の転向 -1/2 [和田の泊りより]

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村尾さん

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転向等と言うと思想改造かなにかのように聞こえますがこれは文字通り向きを変える話です。

前電で転車台が無いと車両の向きが変えられないような書き方をしましたが、追加しておきますと三角線を使うという手もあるのです。熊本に三角線(みすみせん)という線がありますがこちらは「さんかくせん」でスイッチバックを二度繰り返して通すと方向を逆にすることが出来ます。

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有名な例では、その昔我々が学生時代には東海道線の花形特急として「つばめ」「はと」があり、その最後尾には展望車が連結されていました。展望車は上り下りに関係なく常に列車の最後尾に連結されていなければなりませんから、所謂シャトル運行で往復していたのでは一回置きにおかしなことになってしまいます。

そこで毎日終点まで走ると転向していたのですが、具体的には上り列車が東京駅に到着すると、そのままネグラである品川客車区に入庫するのではなく、現在横須賀線が走っている品鶴貨物線で蛇窪信号場と呼ばれる地点まで回送します。そして今度は湘南新宿ラインが走っている山手貨物線を逆に走り、大崎駅まで行って再び逆に走り品川客車区迄戻っていました。これで展望車が東京寄りを向き翌朝そのまま東京駅まで回送すればちゃんと展望車が最後尾になっているのです。この運用は場所の名前をとって「蛇窪回し」と呼ばれていました。

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大阪でも同様に大阪駅から直接宮原客車区に戻るのではなく下り線をそのまま走って福知山線の塚口駅まで行きそこで折り返して今度は上り線を走って宮原客車区に入庫していました。翌朝上り線を出庫して大阪駅に着くと展望車が最後尾になっています。

手間のかかる話ではありましたが仕様がありません。

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この他、場所と大型クレーンがあれば一両ずつひっくり返す事も可能です。ご参考までに。

                    月川@神戸


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東急車両から東横線への回送 -2/2 [和田の泊りより]

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川重製の車両を運ぶ場合もJR貨物のお世話になります。

川重兵庫工場にはJR和田岬線が分岐されて引き込まれていますので工場内で仕立てられた列車は此処でJR貨物の機関車に連結され、兵庫駅を経由して鷹取駅で山陽本線に乗り、後は電気機関車に牽引されて東海道本線を東上します。

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国鉄時代には自力回送と言うこともあったのですが民営分割化以後はJR貨物との契約で甲種輸送を行っています。

横須賀線の場合は新鶴見まで東海道を上り それ以降は上記東横線の逆のルートで大船迄行くと思います。

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ついでながら川重製京急の車両を運ぶ場合はゲージが違うので仮の台車に履き替え、横須賀線と同じルートで大船迄行き更に東横線の逆ルートで東急車両まで入りここで正規の台車に履き替えた上で整備を行い、京急線に出て本線試運転が行われます。

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ついでの話をもう一つ。

鉄道車両は各社、各路線毎に向きが決まっており全て同じ向きに揃えられています。通常「一端」、「二端」と呼ばれJR の電車で言えば車端に①、②の表示があります。これは検修設備との関連、運用上の問題で向きがバラバラだと不都合が起こるからですが、最終目的地でこの向きを正しく納入するためには回送ルートをよく調べておかなくてはなりません。途中にスイッチバックがあると向きが変わってしまうのです。

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電車メーカーは転車台を持っていませんから最初に車両を作る時からこの向きを正しくセットしておかなければなりません。

以前北海道に送る車輛が台風の影響で線路が不通になり急遽ルート変更して納入しようとしたところが向きが逆になってしまい北海道に着いてから五稜郭機関区で一両ずつ向きを変えて貰った事があります。

また最近の車両のブレーキは空気だけではなく電気制御も使われているので無動力回送と雖も電気が必要です。

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これもチョンボの話ですが東海道本線を東上している途中、浜松辺りで回送の列車バッテリーが上がってしまいブレーキが緩まなくなって立往生したこともありました。

車輛の回送というものも結構気を使うものです。

                             月川@神戸


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東急車両から東横線への回送 -1/2 [和田の泊りより]

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村尾さん

東急車両から東横線への回送ルートですが複雑です。

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先ず鉄道車両の輸送は自分の車輪を使って他車に牽引して貰うのが普通でこれを甲種(鉄道車両)輸送と呼んでいます。(貨車に載せて運ぶのを乙種輸送と分類していますが現在では事実上存在していません。

この他、トレーラーによる陸上輸送、艀による海上輸送、日本国内ではありませんが空輸も必要に応じてあります。)

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ところで東横線の車両ですが、東急車両から神武寺駅までは東急車輛の牽引車で回送されます。(自力回送も可能ですが多分やっていないと思います)そこからはJR 貨物のご厄介になり長旅が始まります。以下のルートです。

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神武寺駅-(東急車両専用鉄道)-JR逗子-(横須賀線)-大船-(根岸線)-桜木町-(高島貨物線)-鶴見-(品鶴線)-新鶴見信号場ー(武蔵野南線)-府中本町-(南武線)-立川ー (中央線)-八王子ー(横浜線)-長津田

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此処まで来てやっと東急電鉄との接点に辿り着きます。

この駅の授受線でJR貨物とはおさらば。

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あとは東急電鉄の牽引車で東急長津田駅構内に引き込み、それから先は良く分かりませんが田園都市線の長津田検車区で各種検査、試運転を終えて自力回送をするのか、最小限の検査で速度制限を受けて元住吉検車区まで走るのかは定かではありません。いずれにしても回送は長津田ー(田園都市線)-二子玉川ー(大井町線)-大岡山ー(目黒線)-田園調布ー(東横線)-元住吉検車区だと思います。

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なお、その昔には横浜線菊名駅構内に、横浜線と東横線をつなぐ連絡線があったそうですが現在は何も残っていません。


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西武鉄道所沢工場 [和田の泊りより]

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村尾さん

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西武鉄道系の車両メーカーとは多分西武鉄道所沢工場の事だろうと思います。西武鉄道は終戦後は国鉄から所謂旧型国電の払下げを受け自社工場である所沢工場で改装して長い間使っていました。そのうち新車も作るようになったのですが台車だけは国鉄のお古のままだった事を覚えています。この工場は自社用だけではなく他社の車両も手掛けていたと思いますが、都電までやっていたかどうかは定かではありません。

尚この工場は1999年に閉鎖されています。現在西武鉄道の車両を作っているのは、東急車両、日立製作所、新潟トランシス位だと思います。

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                                           月川@神戸

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月川さんへ

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正式な社名を思い出せないのですが、昭和30年代初めの頃、西武鉄道系の車輌製造会社が西武線の奥の方にありました。この会社、当時の都電を製造しており、私が学生の頃のアルバイト先が下請けで部品を製造していて、私も制作図面を書かされました。

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都電の廃止と共に名を聞かなくなりましたが、西武線の電車は何処の車輌会社が製造しているのでしょうか。

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by 村尾鐵男 (2012-03-11 08:17)

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東急車両 [和田の泊りより]

http://dorflueren.blog.so-net.ne.jp/2012-03-10-1


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東急車両 [和田の泊りより]

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時々懇)皆さん 

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また鉄道車両メーカーの名前が一つ減ります。京急・金沢八景にある東急車両製造(株)がこの42日付けでJR東の完全子会社(株)総合車両製作所 (略称"J-TREC"Japan Transport Engineering Company)となります。

新幹線電車の置き替えも一応終り国内需要も大きくないことから車両メーカーにとって冬の時代になります。

                                                   月川@神戸

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月川さんへ ・・・ 3/10 14:10 村尾

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東急車輛がJR東日本に買い取られることは、暫く前の新聞の横浜版で報ぜられていました。あの場所は、戦前の海軍航空廠の北端の辺りで、その跡地で鉄道車輌の製造を行った着眼に感心していました。

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一方、最近はJRも私鉄も新しい車輌が増え、数年前に月川さんから教えられましたが、鉄道車輌は20年、30年と走らせるので、これでは需要が先細りしてしまいます。

話が前後しますが、東急車輛の工場位置はJRの線路からは遠く、至近の位置を走る京浜急行はゲージが違っており、今後、JR東日本はこの不便さを如何に乗り越えるのでしょうか。又、東急車輛へ優先的に発注しているらしき東急や京急は今後、何処へ新型車輌を発注するのでしょうか。   

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Re. 東急車輛

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村尾さん

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JRと京急のゲージの違いですが、もともと東急車両は国鉄在来線、私鉄の車両も作っており東急車両から京急金沢八景駅を経由して京急神武寺駅までの間は例の三線軌となっているのです。そして京急神武寺駅の側線からJR逗子駅の間は東急車両専用の3’-6”の線路で繋がっているのでゲージの問題は特にありません。

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それよりも気になるのはJR東の新津工場と、この新会社とのすみ分けで、お互いに何を分担するのか興味のあるところです。

今までの例から行けば、新会社はエンジニアリングと新幹線、私鉄(東急、京急、小田急、相模、京成、東武、西武、京王、東京メトロ、南海など)向け、それに輸出もやるのかどうか判りませんが、そんなところではないかなと思ってはいるのですが。

                                                     月川@神戸


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Subject: パンタグラフのこと [和田の泊りより]

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月川さんへ ・・・ 3/04 21:05 村尾

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最近の電車は10輌編成でも、又、16輌編成の新幹線でも、パンタグラフは二つしか上げず、残りは折りたたんでいます。

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これは長い編成車輌を前後に結ぶ電力ケーブル・・・専門名称が思い出せませんが・・・が装着されているからと聞いています。

確かに、使うパンタグラフの数を少なくすれば架線との摩擦も減り、パンタグラフと架線の磨耗を防げます。でも昔は沢山のパンタグラフを上げていました。

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しかし一方で、使うパンタグラフの数を減らすことの効果はこれも昔から知られていたと思うのですが、長い編成の電車でパンタグラフが二つしか上がっていない光景をよく見るようになったのは最近のことです。

どれほどの電力容量になるのか知りませんが、編成車輌の前から後ろまで通す電力ケーブルを作る技術はそれほど難しかったのでしょうか。

乗客への安全、即ち、車体に漏電させない技術の確立に年月を要したのかと想像したのですが、それもよく考えると、パンタグラフ付きの車輌は昔からあって、車体に漏電したことを聞いたことがありません。

素人がふと思い出した疑問です。

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村尾さん

新幹線の場合、Bus Lineは屋根の上を走っています。普通の目の位置からは見えませんが連結部で渡り線を見ることが出来ます。

適当な写真が無いので下記サイトの写真をご覧下さい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E9%AB%98%E5%9C%A7%E5%BC%95%E9%80%9A%E7%B7%9A

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架線電圧が25kVと高圧なので電線のサイズは

それ程太くはありません。(正確なサイズを覚えていないので上記の写真で判断して下さい。)

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尚在来線車両のBus Lineは床下を通っています。

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050519 P1000280.JPG050519 P1000283.JPG.

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PS 以前に九州新幹線の屋根上を撮った写真があるのを思いだしたので添付します。真ん中を走っているConduitが引き通し線です。車間渡りも被覆が多いので太く見えますが電線そのものは上記サイトのケーブルヘッドで見える程度のものです。

                                       月川@神戸


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